習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

吉田修一【元職員】

2008-12-11 21:21:01 | その他
 『悪人』『さよなら渓谷』の続く吉田修一の犯罪小説。公社の金を使い込んだ職員が、バンコクで過ごす数日間の話だ。

 現地で暮らす日本人青年に誘われて、ミントと名乗る美しい娼婦と出会う。彼女をお金で買って過ごす時間が描かれる。若い女をお金で自由にすること。最初は後ろめたさもあるが、言葉もまともに交わせない女と過ごす時間をただ淡々とやり過ごす。お金をばら撒き、いろんなことを考えず、ただ、この瞬間を過ごすだけ。ほんとは断崖絶壁に立たされている気分だろう。だが、脅えても、うろたえても、もうどうしようもない。もう逃げ場はないのだ。【追い詰められた心。やり場のないやるせない思い。】それをさらりと描いていく。

 日本に帰ったなら、きっと逮捕される。公金横領の罪ですべてを失う。だが、今はこうして自由に生きれる。なんでも買える充分なお金もある。何も考えたくないし、考えてもどうにもならない。もう取り繕うことは出来ない。

 最初はたった514円からだった。そのうち大金を引き出すようになり、誰にも知られないから、大胆になり、いつでも返せるはずが、もうどうしようもなくなる。どんなことにも人間は慣れていくのだ。大金も簡単に使えるようになる。そして、気が付けば、どうしようもない額にまで膨れ上がっていた。ただ、それだけのことだ。

 これはとても吉田修一らしい作品だ。あっさりしたタッチで、主人公の心の中に出来た空白が描かれていく。お金を持つと言うことはきっとこんなものなのだろう。僕たちはいつも貧乏で、小銭しか持ち歩けないから、湯水のようにお金を使うなんて体験はしたことがないが、それでも彼の気持ちはなんだかよくわかる。感覚が麻痺してくるのだろう。僕らは貧乏でよかったよ。お金の有り難味がよく判るから、ね。

 

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