今年一番の傑作ではないか。(まだ3月だから気が早いけどここまでの3ヶ月では断トツでおもしろい)エンタメであるだけでなく、純粋に演劇を通して何が表現できるのかを極めようとしているのが素晴らしい。馬琴という男を主人公にして彼の晩年にスポットを当てる人間ドラマだ。もちろんそれを小難しいものではなく、まず何よりも奇想天外でおもしろい作品に仕上げてある。目的、方向性、アプローチ、表現力。そのすべてにおいて、かなりのレベルに達している。今までの真紅組の最高傑作であろう。
ネタは座付き作家である阿部遼子お得意の『里見八犬伝』だが、それを作家の側からスポットを当てて見せる。八犬士たちが馬琴を助けて『八犬伝』を完成にこぎつける、というストーリーを編み上げた。それは心優しいハートウォーミングであると同時にひとりの作家とその家族のドラマだ。彼の作品にかける執念を描くのだが、実は主人公は彼の息子の嫁である。
大胆な発想で見せていくストーリーの妙と、それを人々の熱い想いの結晶として昇華していく群像劇として見せていくドラマ作りのうまさ。でも、そこには特別な仕掛けなんかない。誰もが十分に考えられそうな構成だ。それをエンタメとして視覚的に作り上げ、同時に演劇だからこそ可能なスペクタクルとして演出した諏訪誠の確かな技量によって極上の作品になる。役者たちの頑張りも凄い。アクションシーンは得意だろうが、これだけ舞台を縦横に使い切り激しい殺陣の連続で見せるのは至難の業だろう。
中央に執筆する馬琴を置いて、その周囲を八犬士たちが激しい立ち回りを繰り広げるシーンなんか圧巻だった。使い慣れた近鉄アート館という自由なスペースを自在に駆使して、あっと驚く世界を提示した。それは馬琴の脳内宇宙であり、現実世界において彼が目を患い見えなくなるという恐怖と戦う姿を反映する。クライマックスはそんな地味な作家の作業の視覚としたものとしてステージ上に現出させる。
彼を助け口述筆記により作品を作り上げる義理の娘が主人公となる。終始無表情を貫き通した山本美和子がすばらしい。彼女は主人公であるにも関わらず、芝居は彼女にスポットを当てるわけではなく、終盤近くまで彼女は全体の中で埋もれる。先にも書いたように群像劇として全体は構成されてある。それはこれまでの代表作である『おしてるや』と同様だ。総勢30名にも及ぶキャストが中央のステージ上だけではなく、ステージ下、(なんと舞台の下からも這い出して来る!)ステージの奥まで縦横無尽に駆け回る。
当然八犬伝自体のストーリーもダイジェストで、きちんと視覚化して見せてくれる。そこはちゃんと手に汗握る大冒険活劇なのだ。八犬士たちの華やかで魅力的なコスチュームもすばらしい。
里見八犬伝』がどうしてこんなにもみんなの心を捉えたのかがしっかり伝わってくるから感情移入しやすい。これはあらゆる意味でいろんな要素が見事機能した作品なのだ。2時間の壮大な活劇スぺクタクルであり、人間ドラマでもある。