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映画・演劇のレビュー

小川糸『つるかめ助産院』

2011-05-10 22:27:11 | その他
なんだかとても癒された。『食堂かたつむり』の時もそうだったけど、食べるということの幸福って、人間にとって一番大切のことなのかもしれない、と思わされる。今回も食事のシーンがたくさんある。その度に、なんだかとてもほっとさせられる。それだけでもこの小説は成功している。

生きていると、いろんなことがあるけど、それを乗り超えていくため必要なことのひとつは食べることだ。そんな身も蓋もないことを、思う。だが、それも真実ではないか。生きていて、うれしいことはたくさんあるけれど、食の喜びというのは、理屈ではなく本能にとても近いもので、純粋においしい、ということを楽しめる瞬間はすばらしい。そんなことまで含めて様々なことを考えながらこの小説を読んでいた。ここに描かれることはとても根源的なことばかりだ。あんまり当たり前すぎて普段は考えもしない。だが、この南の島でなら、そんなことを大真面目に考えれる。

 夫がある日いきなり失踪して、ひとりぼっちになった女性が主人公。思い出の場所を旅して、かつて一緒にやってきたこの南の島を再訪する。そこで助産院をする「先生」(と言っても、彼女は医者ではない。看護師だ。)と出会い、彼女の優しさに包まれながら、ここに留まり生活し、子供を出産するまでを描く物語だ。表面的にはよくある癒し系の小説なのだけど、この小説がいいのは、優しい人たちの中で、甘やかされるのを描くのではなく、主人公がここでちゃんと自分と向き合い、自分の足でこの大地に立ち、生きていこうとする姿を描くところだ。そこにこそ意味がある。

 しかも、それって彼女だけの問題なのではなく、この作品に登場するひとりひとりが(そして、この本を読んでいる僕たちも)同じように自分の哀しみと向き合い自分の力で立ち、生きる。そんな人たちの物語なのだ。ただ優しいだけではなく、強い。でも、この優しさはやはり素敵だ。やっぱりそこには癒される。このありきたりすれすれの単純なお話がなんだか心地よい。

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