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映画・演劇のレビュー

あうん堂『うり かい ことば ぼくねんじん』

2009-06-22 21:19:33 | 演劇
 なんとも不思議な味わいの芝居である。設定自体は最初コメディーなのか、とすら思わせる。だが、実際はそうではない。くすくす笑わせるような芝居にはならない。

 いくらなんでもこれは変な男だ。そんな男が主人公である。彼はリヤカーを引いてやってくる。農家が作った野菜を産地直送で販売する、はずなのだ。なのに、彼は売らない。彼には拘りがある。彼が売る野菜のよさを理解できる、そんな納得のいく消費者にしか渡さないのだ。

 杉山寿弥さんは、ぼそぼそと聞き取りにくい声で話す。単純に頑固で偏屈、というわけではない。が、とても頑なな男であることは確かだ。彼のポリシーには共感できない。なんだか嫌味で嫌な男だ。単純でいいかげんな客には売らない。彼は無農薬で有機栽培による体に優しい野菜、だなんていういかにもなパターンを言うわけではない。農薬も必要だし、有機栽培が正しいわけでもないことも理解したうえで、正しい野菜を極めようとする。

 そんな傲慢な偏屈男に対して、なんとしても彼から野菜を買おうとする人たちが登場する。なんともへんなお話だ。売らない八百屋と、何としてでも買いたいお客。この両者の逆転した関係性で、笑わせようというのなら、解かりやすいのだが、そうではない。

 芝居は徐々に食に対する薀蓄を傾けていき、なんだかそれまでの話の流れとは微妙にずれていく。さらには、途中からどんどん話が観念的になっていき、いったいどうなるのだろうか、と不安にさせられるほどだ。いつのまにかこの芝居はスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』のような哲学的な作品と化していくのである。そのとんでもない飛躍は驚きである。

 野菜についての話から、大きな意味での【食】というものの世界全体の話になり、再び日常的な話へと戻ってくる。だが、その帰着点は最初とは微妙に違う。さまざまな要素を満載し、何とも言い難いシュールな芝居となる。

 変な仕掛けがあるわけではなく、ストレートな芝居だ。なのに、彼らが作る空間はゆがんで見える。彼らの観念的なやりとりはホラーの趣きすら呈してくる。改めて考えてみるとこれは作、演出の杉山晴佳さんにとってはデビュー作『あやなきまにまに』以来となるホラーではないか、なんてことまで思ってしまう。なんとも不思議な作品である。人はなんで食べるのだろう。何を考え食べ続けるのか。根源的な問題を突きつけてくる。

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