一時期凄く好きだった(『キャベツの新生活』を最初に読んだ時の新鮮な感動は忘れられない!)けど、いつのまにかずいぶんご無沙汰していた有吉玉青である。彼女の小説を久々に読んだ。400ページに及ぶ大作だ。お話は彼女自身の父親との実話をベースにした自伝的作品らしい。母親や祖母のことはもう書いている。ようやく今回父親である。幼いころに両親が離婚し、母親のもとで育ったため全く消息も知らないし、当然会うこともなかった父。そんな父に20数年ぶりに会う。記憶はない存在。イメージすら浮かべられない人。そんな男と対面し、知らない同士として付き合い始める前半部分、ドキドキさせられる。ある種の疑似恋愛を彼に対して抱く。このふたりの関係性がどういうふうに進展していき、展開するのか。何もないはず、と思いつつも、このドキドキは恋愛感情だ。父と娘ではあるけど、しかも30歳ほど年も離れたいるけど、でも、彼を魅力的な男として見てしまう。そんな彼女の戸惑いと興奮が伝わってくる。
だが、やがて、親密になりお互いのことを知り、しかも、父は最初から彼女が娘であるという事を知っていたと言うし、あの緊張感はなんだったのか、とがっかりすることになる後半戦はまるで別の小説ではないかと思う。だけど、そんな読者の戸惑いなんかには作者はまるでお構いなしだ。淡々とこの長編は和解したふたりのその後の時間を丁寧に綴っていく。どこにでもあるような父と娘の交流が描かれる。あの前漢の緊張は何だったのかと思う。不思議な気分だ。まるでふたつの別々の小説を読んでいるような気がする。普通の小説なら和解したところで終わるはず。なのに、この作品はそこからまるで別の小説の趣を呈する。
20数年の空白を埋めるように性急に近づいていくふたり。でもなんだかぎこちない。お互いがこんなにも求めあっているにもかかわらず、上手くいかない。そのもどかしさが描かれる後半は、前半の恋愛小説のようなタッチとはまるで異質でなんだか別々の2つの小説を強引にひとつにして提示したようなのだ。それがなんだかとてもリアルでその変な気分がこの作品自体の狙いなのかもしれない。さらには主人公が、この父との再会を小説として書くという仕掛けまでもが用意されている。400ページに及ぶ長編だから可能な変調と展開、作品の構造。最後まで、こんなささやかなお話なのに、どこに行きつくのか、安心させない。