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映画・演劇のレビュー

コレクトエリット『カミシメル』

2011-08-05 19:47:17 | 演劇
 男女3人ずつ計6人の役者が同じ羊の毛のような(アレンジはそれぞれ為されているが)衣装を着て舞台に現れる。彼らが演じるのは、あるカップルの日常生活なのだが、ひとりひとりが明確な人格を持つ他者(個人)として、そこにあるのではない。主人公がいて、周囲の人物があり、というふつうのドラマの体裁は持たない。彼らは交換可能な存在である。普遍的な存在でもある。状況が変われば立場も変わる。その存在自体が、その人であって、その人ではない。

 こういう観念的な芝居作りは明確なストーリーを求める一般観客にとっては厄介な代物だろう。作品についていけない人もたくさんでてくるはずだ。もちろんストーリーがないわけではない。ここから単純なストーリーは見えてくる。そこをよりどころにして見ていけば、決して難解なお芝居ではない。だが、作品が何らかの答えを指し示そうとしないから、見ていてもどかしい。観客は安心できない。それどころか不安がどんどん募ってくる。この芝居は日常の中に平然とあるそんな落とし穴のようなものを描こうとするのだから仕方がない。そんな不安と向き合いながら生きていくことこそがこの作品のねらいなのだ。

 長編作品としては07年の第2回公演『ありがたき幸せ、つまりはありがとう』以来の4年ぶりとなる。あの作品で彼らの芝居と出会って、心動かされた。とてもいい作品だった。その後、コレクトコレクションとして、何本かの短編は見たし、この1月『樹にすむ祈り』を見ているので、今回のスタイルは全く違和感はなかった。だが、長編としてこのやり方を見せていく上で、作り手は観客にかなりの苦痛を強いることは予想されたし、事実その通りにもなった。作品がひとりよがりのものになりかねない。ストーリーラインを持たない芝居はその緊張感を90分以上持続させるのは困難だ。

 後半、戦争の話になり、60年前と今とを交錯させていくことによって、作品が単調になるのを避けたが、あのエピソードが作品の逃げになってはならない。目の前のカップルから目を逸らすことなく、ラストまで彼らのみを見つめていくべきだった。

 しかし、この戦争のエピソードは、この作品をひとりよがりの袋小路から救い出し、彼らの物語を、長い歳月を経てくりかえしくりかえし行われる人間の営みのひとこまとして、客観視させることにもなった。ギリギリのところで、とてもバランスよくすべてが収まっていく。これは、今コレクトエリットに出来る最大限の誠実さと真摯さに貫かれた珠玉の一編となった。



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