習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

津村記久子『現代生活独習ノート』

2022-04-28 09:59:33 | その他

久しぶりで津村記久子を読む。嫌いではないけど、あまり好きでもないから、ついつい新刊が出ても読むこともなく過ぎていく。今回はたまたま手に取ってしまったのだが、読んでよかった。とても不思議な小説で楽しかったので。

8話からなる短編集だ。タイトルのあるように「現代生活」が描かれる。(近未来も含むけど)最初の2編がとてもいい。『レコーダー定置網漁』は偶然録画していたどうでもいいような番組を見る話。『台所の停戦』は冷蔵庫内のスペース確保についての母と祖母と娘の覇権争い。くだらないといえば、こんなくだらないことが小説になっていいのか、と思うようなお話なのだけど、それを小説にしてこんなにも面白いものとしてさり気なく提示する津村記久子って凄い。日常のなかにある「とある瞬間」。くだらないはずが、なぜかそれは輝いている。どうでもいいことが、どうしようもなく、素敵に見える。

これはストーリ性のあるちゃんとしたお話ではない。心象風景のようなものだ。そして、そこに描かれるのはある種のちょっとした感情だ。だが、この愛おしい感情がこの短編を見事に彩る。そこには何もないのに、僕たちはそこで確かに立ち止まり、ほっとする。娘が台所に立ち、料理を作るのを見守る母親のまなざしは決して暖かくはない。どちらかというと、なんだかめんどくさいな、という感じだ。でも、そんなふたりの姿は愛おしい。賞味期限切れのくだらない情報番組を見て、退屈を紛らわせる。でも、そこによくわからない発見がある。

このふたつのお話の後の、6つも同じような「なんだかよくわからないけど、いいな」と思わせるものばかりだ。先にも書いたようにそこには近未来の日常生活を描くお話もある。だから、一応SFなのだけど、くだらないし、どうでもいい。もちろん、それはほめているのだ。

突然「気力がなくなった」と宣い、会社の資料室に閉じ籠る安田さん(職場の先輩)を見守ることになる女性を描くお話(『メダカと猫と密室』)も楽しかった。なんとなくとぼけたイラストもいい。(挿画は木下晋也)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ベルイマン島にて』 | トップ | 『パリ13区』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。