副題に『万年筆よろず相談』とある。三宮のかたすみ、ひっそりとたたずむ小さな洋館。そこにある万年筆の修理、販売をしているお店が舞台だ。店主とアルバイトの大学生のところにお客が自分の万年筆を持参してやってくる。彼らはそれぞれ問題を抱えている。店主は修理と共に、かれらの悩みの相談に(たまたま、なんとなく成り行きで)乗り、なんとなく解決していく、なんていうよくあるパターンの短編連作である。こういうパターンはたくさんある。それなりに面白い作品も多い。でも、少し食傷気味。正直言うと読み始めた時には「またか」と思った。だが、万年筆の修理という扱う題材のあまりのマニアックさには興味を抱いた。これで(この題材で)最後までお話を作れるのか、と少し心配しながら、読み進める。面白い。万年筆には素人だった一人の女の子の視点というのがよかった。知らない世界に一緒に入っていける。
それにしてもここに描かれる万年筆に関する蘊蓄が凄い。作者が(しゃべるのは無口な主人公である店主だけど)披露する万年筆にまつわるエピソードについつい耳を傾ける。こんなところにこんなにも知らない様々なエピソードがある。そんな当たり前のことに驚かされる。何も知らないことになぜかこんなにも興味を惹かれる。そこが実に面白いのだ。知らないことを知るというある種の普遍性、別にそれは万年筆でなくても構わない。だけど、そこに込められた想いや熱意が伝わればいい。難しいことを言って煙に巻くのではなくて、誰にでもわかるよに優しく伝える。そして、ここに描かれる万年筆を介した人間模様も、出しゃばらないのがいい。たまたま万年筆であっただけ。だけど、万年筆だからここに来たのも事実。そんなさらりとした感触がいい。
大学3年生で就活を始めた女の子が、偶然ここでバイトをすることになり、それまで全く気にも留めなかった万年筆に興味を抱く。(なんとなく、だけど。)そのさりげなさがいい。熱烈なファンとなるのではなく、気が付けば万年筆に惹かれていた、というくらいのスタンス。そのバランス感覚がいい。彼女が就職を決めるまでの短い時間のお話。自分が何をしたいのかもわからず、どこを受けても落ちまくり、失意にあった彼女が、ここで出会った人たちとの小さなドラマを通して、少しずつ何かを摑んでいく。それが新しい第1歩へとつながる。これはそんな小さなお話である。相変わらずボプラ社にはハズレがない。