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映画・演劇のレビュー

A級MissingLink『あの町から遠く離れて』

2014-06-09 21:10:18 | 演劇
トライアウトの作品から大幅な変更はない。骨格は同じで、細部を丁寧に作り上げる。今回の作品には最初からぶれがない。それはいいことでもあるし、少しつまらないことでもある。なんだか複雑なところだ。土橋さんが取材し、書き進めるうちにどんどん違う方向にずれてきて、その結果トライアウトとは似ても似つかぬものとなる、というパターンをほんの少し期待したからだ。

先日たまたま劇場で条あけみさんと一緒になったとき、「きょう、稽古のはずだったのに、中止になったのよ。なかなか台本が進まなくてね」と話されていたから、もしかしたら、収拾がつかないくらいに混沌としているのか、なんて、呑気な部外者は思ったのだ。(もちろん、苦しんでいる土橋さんを、気の毒だなぁ、とは思うけど、産みの苦しみの先にはきっと思いもしない世界が広がるはずだと信じているからだが)

ここに描かれる不安感は、とてもバランスのいいもので、それが今回の作品の凄さではないか、と思った。とんでもないことが起きている。だが、どうしようもない。深刻になっても、今は仕方がないのなら、ただそれを受け入れるしかない。船が停泊したまま、動かなくなる。救助に来るはずの自衛隊はなかなか来ない。本土では異常事態が起きている。でも、それが何なのかは知らされていない。

船長はいなくなった犬を探してお客のいる船室にまでやってくる。そんな暢気な描写を挿入しながら、非常事態を静かに受け止める人々の姿を描く。父親の5回忌に参列するために集まった親族が、島から本土に戻るための船室が舞台になる。表面的に描かれるのは彼ら家族のお話で、主人公である夫婦と、その叔父、伯母の4人が中心になる。個人的な問題と(夫婦の離婚)周囲の人たちのこれもまた個人的な問題。それらが小出しに描かれる。そこに、事件が他人事のように絡んでくる。社会的な問題と、個人的な問題とを並列には出来ない。だが、それらは複雑なバランスで絡み合うことは事実で、それをこの作品は、絶妙な距離感のもと、見せていく。事件のほうは一切描かれないのだ。そして、まるで何事もなかったかのように、(確かに大きな変化はないし)船は港に到着する。やがて芝居も静かに終わる。これもまた、震災を扱った作品なのだが、それをこんなタッチで見せるのは凄い。

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