Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

最後のキャンプ旅行―スプリット(Splet)へ向かう

2016-06-19 18:00:24 | キャンピングヨーロッパ2016-2017

 ザグレブのキャンプサイトで3泊したのち、クロアチアの海岸線の町スプリットを目指して南下する。途中にナショナルパークがありキャンプサイトが2か所あるというから今夜はそこのサイトで一泊しようと計画、途中まで高速道路を走っていたが半ばで高速を降り内陸を南下する。

 

 

 

 

道路下の村に滝が流れ落ちているのを見つけ、駐車場で停めてもらった。カメラを持って後戻りし眼下の村や川を撮りまくった。よく見るとこの村は2つの川の合流点に造られていて、高いほうの川の水は村の中や家屋の下を流れて低い大川に流れ落ちている。

キャンパーに乗って出かけるときにちらっと見た川の水が澄んでいて、もっとのんびりできたら村の中を歩いてみたかった。心残りな名も知らない村だった。

 

 

クロアチアの内陸は真夏は熱暑になるらしく、岩山と平野は不毛の土地といったところ。

ほとんど農作物はなくて牧草と羊の集う牧場が見えるくらい。

 

 

 

 

クロアチアの海岸線は無数の大小の島が連なり、初めにたどり着いた海岸はまるで湖のように波一つない。スタリグラッド(Starigrad)近くのキャンプサイトは内海の海岸線で水の透明度が高く、カキの養殖がいたるところで行われている。

 

町や村はイタリアやスペインと言われても疑えないほど似ており、ブーゲンビリアや夾竹桃が咲いて、ヤシの並木があったりする。

 

 

お昼近くにナショナルパークがあるはずのキャンプサイトに着いたが、誰もいない。まだ開いているのか、もう閉まったのかと思ったが誰にも聞けず、あきらめてそこの駐車場で昼食にした。もう一軒あるというサイトも途中で嫌になりそのまま海辺のサイトへ行くことに決めた。

ザグレブのサイトを出るときに、英語の観光案内書で、ザグレブ周辺というのを手に入れた。この夜何気なく見ていたら、このナショナルパークがクロアチアでは一番素晴らしい観光地だと書いてあり、切歯扼腕。

 

 

二日目にサイトを出た時から夕方まで、小雨の降る暗い一日だった。

道路わきのレストランで子豚一匹を丸焼きにしていた。道路わきに桔梗に似た紫いろの花が咲いていて見たくてたまらない。コーヒーの休憩時にうろうろ探し回りやっと花が終わりかけのを見つけた。高さ50センチくらいに花がびっしり咲いているのは見事だけれど、走っている車からは写真は撮れない。

 

 細長く伸びた海岸に家々が隙間なく建っているのは素敵な被写体だが、これもアドリア海の荒波が直接襲ってこれないように連なる島々が防波堤の役目をしているからだろう。

 

 

  

 もっと感激したのが陸続きの小さな島全体が教会を中心に建物で覆われていてよくぞ沈没しないものだと思わせる。ここはたぶん有名な観光地なのだろうが、亭主は止まらず走り続けて、全体が見える丘の上でやっと止まって写真を撮らせてくれた。この島の近く大型観光船が停まっていた。

 

 

いろいろな村や町を通り過ぎ山道も走っていると何度もイノシシに注意の立看板を見かけた。

北欧だとトナカイ注意、英国だと鹿に注意だけどヨーロッパでイノシシ注意はここクロアチアが初めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最後のキャンプ旅行ースプリット(Splet)

2016-06-19 10:01:47 | キャンピングヨーロッパ2016-2017

  

キャンプサイトはスプリットの郊外で、岬一帯がキャンプサイトになっている広大なもの、

サイトの水辺から向かいの町スプリットのベッドタウンが見え、夜間のきらびやかな明かりが素敵。

 

晴天の暑い日は土曜日で、バスはキャンプサイトまで来ないからメイン道路まで歩くようにとのことで歩いて5分、バス停で待つ。

  

 

港の繁華街がバスの降車場所、そこからは観光客と土曜市場へ行く人で、ものすごい賑わい。やっと観光案内所へ着き、ユネスコ指定のディオクレチアン(Diocletian)皇帝の宮殿の行き方を聞いた。この案内所から50メーター先の門をくぐるとその一角、3世紀のローマ皇帝の宮殿はほとんどが崩壊し,地下や厚い壁にその面影を残すのみとなっている。

 

 

 

 

  

ものすごい観光客の間を縫って宮殿の中心地へ行くと高い塔を持つ大聖堂、

 

25クーナ(3ポンド)払って聖堂内へ入ってみたが普通の教会より狭いところで、小さなパイプオルガンがあり調教中。あまり見るものや写すものがなくて5分で出てきて、大聖堂の向かいの細道をいったところにあるジュピターを祭ったテンプル(寺社)これはローマ時代のものらしく完全な姿を残していた。

 

 

 

この宮殿の中央北の門の外に巨大な像が立っている。10世紀のスプリット大僧正で彼の巨大な足の親指を触ると幸せになるとの言い伝えで、親指だけが金色に光っていた。私の足のサイズと比べてみた。

 

この像の近くにある高い塔はベニス共和国が権勢を誇っていたころの塔。

ここスプリットは3世紀にローマ皇帝によって開発されたところで、現在に至るまで各国の権力にもまれ淘汰されて、町として発展していった。

 

中央の円形ドームの中で4人の男性グループが合唱していてそのハーモニーに魅せられてしまった。早速彼らのCDを買った。ここスプリットの記念になる。

 

 

お昼ころに昨日充電を怠ったカメラのバッテリーが上がってしまい、スペアーを忘れてきたので、写真はあきらめ、町のレストランで昼食を食べて午後早めに帰ってきた。

 

44年前にこの地を訪れたときは、町の散策よりもきれいな海で泳ぐことしか念頭になくて、ポールがダイビングでホタテ貝を2個採ってきて食べたことしか覚えていない。

海水のきれいなこと、娘に来年夏のホリディーはスロベニアにとめ勧めている。

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