先日、なぜか夢に出て来たのは、開業当初の女性スタッフ3名でした。
その3名のうち1名は3ヶ月くらいで退職し、別スタッフが入職し、
1名は5ヶ月くらいで退職し、別スタッフが入職し、
残り1名が3年勤めて退職し、その頃にはスタッフの数はかなり増えました。
開業当初というのは、とにかく初めてづくしで何から何まで大変でした。
何の縁もゆかりもない都立大学駅という土地に落下傘開業しましたので、
開業後約3年ほどは、本当に何かと気苦労の続く大変な日々でした。
その後も大変な思いは絶えず続くものではありましたが、、、。
参)落下傘開業 - 自身のそれまでの活動地域とは関係なく、認知度も無く、病診連携も無い地域で新規開業する事。
その苦労話を語りたい訳ではなく、
今では笑い話になるお話を書かせて頂きますね。
何せ落下傘開業でしたから、患者さんの認知ゼロからのスタートとなり、
一日に1~3人しか来院されない日もありました。
今のビル移転前の小さなビル3階でクリニック開業しましたので、
3階に目を向けて歩かない限り、3階に取り付けてある看板が目に入る訳はないのです。
スタッフ達は暇で暇で仕方なく何もする事がなく、
私は開業当初のやるべき裏作業が多い為忙しくて仕方なく、
暇すぎるスタッフ達とギャップありの日々でした。
そんな日々が2ヶ月くらい続いた頃に、
スタッフの一人が「他のスタッフには内緒でお話したいのですが、、、」
と打ち明けてきました。
「院長はその辺にごろごろ転がっているおやじだから、院長を”おやじ”と呼ぼう!」
そして、
「そんな”おやじ”をいつもかばっている事務長はおやじの母さんみたいだから、事務長を”おやじ母さん”と呼ぼう!」
と、言い出したスタッフがいたそうです。
当時30代後半の女性スタッフがそう言い出したそうです。
その日から、
院長は”おやじ”、そして私は”おやじ母さん”と陰で言われるようになりました。
という事で、休憩室では、
「今日は”おやじ"がさぁ~こんな事言ったんだよねぇ~」とか
「”おやじ母さん”がさぁ~~」といった調子で、面白がって話していたようです。
そんな低レベルな休憩室って嫌じゃないですかね??
心が痛んだ子が、ついに私に打ち明けてきたわけです。
良心が痛んだのでしょうかね。
それを聞いた時にはかなりショックでした。
院長は、私の何倍もショックを受けたようです。
表と裏が違う人間は信用出来ないと思っていた頃なので、
私に見せる表の顔と、休憩室で上司をネタにする裏の顔があるのかぁ、、、というショックでした。
ただ、
その後に入職してくれたスタッフ達が本当に良い子ばかり集ってくれたので、
職場内の人間関係ではかなり救われる事となり、今日に至っております。
「人の口に戸は立てられぬ」ですけれど、自分が属している職場くらいは安らかでありたいものです。
という事で、今となっては、なんて面白い例えをする人だったのだろうと思えます。
その人は、自分の事は何に例えるのでしょうね。
その時に聞いておけば良かったですが、、、
内緒で教えてもらった秘密事項なので、本日まで守り続けて参りました(笑)。
初期スタッフ達は、別の職場で元気に楽しくお仕事しているのかなぁ?そう思います。
世の中のお役に立てる人として頑張ってくれていると良いなぁと思います。
”おやじ”といえば、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじが頭に浮かぶ事務長ですが、
名付けてくれたその人にとっての”おやじ”とは、どんな”おやじ”だったのでしょうねぇ、、、。
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「おやじといえば・・・」
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