つれづれ日記

心と目の記録

16歳の終戦の日の日記より

2019-08-15 11:45:36 | Weblog



東京から父の故郷の広島県に疎開したのは

昭和20年7月23日で、広島県の中央部にある山村でした。

8月6日の原爆はピカッと光って台地が大きく揺れました。

広島市に大型爆弾が落ち悲惨な悲惨な状況のニュースが入っても

日本が負けるなんて誰も想像できませんでした。

 次は74年前の8月15日の終戦の日の日記です。

「十二時に重大放送があるというので、ラジオのスイッチを入れ耳を傾けて居たら

「汽車も十分間止めて厳粛な態度でお聞き下さい」と。

何事だろう、きっと陛下にご異常があったに相違ない。十二時になった。

「皆ご起立ください」君が代が奏せられ大詔(おおみことのり)が発せられた。

陛下の玉音らしい。終ってまた君が代が。

ラジオがガーガーなってよく聞き取れなかったが 後の報道でようやく分かった。

昭和20年8月15日、ついに日本はアメリカに負けたのだ。


日本の無条件降伏!なんということぞ。

大和魂で最後まで、撃って撃って撃ち抜くつもりだったのに。

日本の歴史がぐらっと大展開してしまったのだ。」