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『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』
金輪際、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。
下足で前の日に買ったばかりのローファーに履きかえていると、外で争う気配がした。誰かがケンカしているようだ。
こういうのは音で分かる。どちらかが一方的に負けていて、勝っている方が執拗に襲いかかっている。
「ちょ、ごめん……」
人混みかき分けて前に出ると、分かった。翔太がMを一方的にノシている。
「やめろよ翔太。もう勝負ついてんじゃんよ」
「薫か。元はと言えば、おめえなんだぞ。こいつが薫のこと好きだなんて言いやがるから」
「!……いいじゃんか、誰が誰を好きになろうと、翔太には関係ねーだろ」
「よかねえ。薫は、俺の女だ! 薫も覚えとけ、近頃冷たいけどよ、おめえは俺の女なんだ! そいつをMの野郎は……」
翔太がMの脇腹にケリを入れた。Mがゲホって血を吐いた。
「俺、翔太の女になった覚えはない」
「なに言ってんだ。二年前、お前を女にしてやったのは俺じゃねえか!」
みんながざわついて、頭に血が上った。
「冗談はてめえの顔だけにしとけ!」
渾身の回し蹴りが、翔太の顔にもろに命中。翔太はもんどり打って気絶してしまった。新品のローファーの蹴りが、まともに翔太の首筋に入ったのだ。
生指の先生が飛んできたが、状況と、みんなの証言で、半分伸びたままの翔太だけを連れて行った。
「あ、ありがと」蚊の泣くような声でMは去っていった。
下足室の鏡に写った俺は、やっぱり俺だった。朝キチンと着た制服は、いつものように着崩れていた。第一丈を改造した制服はキチンと着ても気合いの入ったスケバンにしか見えない。新品のローファーだけが浮いたように清楚だったけど、こいつが翔太にとどめを刺したのが、とても皮肉だった。
「お母さん、三万円貸して!」
家に帰るなり、お母さんに頼んだ。
「なにするの、そんなに?」
「ちゃんとした薫に戻るの!」
自分の小遣い一万円を足して、俺は、チョー本気で「あたし」に戻ろうとした。
学校指定の洋品屋で制服を買い、その場で着替えた。そして美容院に直行した。
「どうしたの薫、首から下は普通の女の子じゃないの!?」
美容院のママが目を剥いた。
「首から上も、普通にして」
「……本気なのね」
「本気」
「分かった。ほのか、悪いけど毛染めはよそでやってもらって、薫の気が変わらないうちにやっつけるから」
「変わんねえよ!」
「どうだか、その言葉遣いじゃね」
「薫さん、本気っすか。進路対策には、ちょっと早いような……」
「本気!……本気よ」
妹分のほのかは、信じられない目つきで店を出て行った。
髪を一度ブリーチしてから黒染めにしてもらい、やや短めではあるけど、普通のセミロングにしてもらった。
「オバチャン、あたし、普通に戻れっだろうか?」
不覚にも声が震えていた。
「薫のことは子どもの頃から知ってる。あたしの好きな薫が可愛くないわけないじゃない!」
オバチャンも本気モードになった。
「眉剃ってるから変な顔……」
「時間がたてば、元の眉に戻るけど、あたしが描いてあげよう」
オバチャンは、左の眉を描いてくれた。
「右は自分でやってごらん、左の真似して。しばらくは描き眉でいかなきゃならないんだから」
真剣に眉を描いた。左を見るまでもなく、手が元の眉を覚えていて、左とピッタリの眉が描けた。体の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
「そうよ、それが薫本来の笑顔よ。小学校の二年で九九を覚えて、あたしにご披露しにきた、あの時の笑顔よ!」
鏡の中には、どこか由香里に似た女子高生が映っていた……。
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』
金輪際、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。
下足で前の日に買ったばかりのローファーに履きかえていると、外で争う気配がした。誰かがケンカしているようだ。
こういうのは音で分かる。どちらかが一方的に負けていて、勝っている方が執拗に襲いかかっている。
「ちょ、ごめん……」
人混みかき分けて前に出ると、分かった。翔太がMを一方的にノシている。
「やめろよ翔太。もう勝負ついてんじゃんよ」
「薫か。元はと言えば、おめえなんだぞ。こいつが薫のこと好きだなんて言いやがるから」
「!……いいじゃんか、誰が誰を好きになろうと、翔太には関係ねーだろ」
「よかねえ。薫は、俺の女だ! 薫も覚えとけ、近頃冷たいけどよ、おめえは俺の女なんだ! そいつをMの野郎は……」
翔太がMの脇腹にケリを入れた。Mがゲホって血を吐いた。
「俺、翔太の女になった覚えはない」
「なに言ってんだ。二年前、お前を女にしてやったのは俺じゃねえか!」
みんながざわついて、頭に血が上った。
「冗談はてめえの顔だけにしとけ!」
渾身の回し蹴りが、翔太の顔にもろに命中。翔太はもんどり打って気絶してしまった。新品のローファーの蹴りが、まともに翔太の首筋に入ったのだ。
生指の先生が飛んできたが、状況と、みんなの証言で、半分伸びたままの翔太だけを連れて行った。
「あ、ありがと」蚊の泣くような声でMは去っていった。
下足室の鏡に写った俺は、やっぱり俺だった。朝キチンと着た制服は、いつものように着崩れていた。第一丈を改造した制服はキチンと着ても気合いの入ったスケバンにしか見えない。新品のローファーだけが浮いたように清楚だったけど、こいつが翔太にとどめを刺したのが、とても皮肉だった。
「お母さん、三万円貸して!」
家に帰るなり、お母さんに頼んだ。
「なにするの、そんなに?」
「ちゃんとした薫に戻るの!」
自分の小遣い一万円を足して、俺は、チョー本気で「あたし」に戻ろうとした。
学校指定の洋品屋で制服を買い、その場で着替えた。そして美容院に直行した。
「どうしたの薫、首から下は普通の女の子じゃないの!?」
美容院のママが目を剥いた。
「首から上も、普通にして」
「……本気なのね」
「本気」
「分かった。ほのか、悪いけど毛染めはよそでやってもらって、薫の気が変わらないうちにやっつけるから」
「変わんねえよ!」
「どうだか、その言葉遣いじゃね」
「薫さん、本気っすか。進路対策には、ちょっと早いような……」
「本気!……本気よ」
妹分のほのかは、信じられない目つきで店を出て行った。
髪を一度ブリーチしてから黒染めにしてもらい、やや短めではあるけど、普通のセミロングにしてもらった。
「オバチャン、あたし、普通に戻れっだろうか?」
不覚にも声が震えていた。
「薫のことは子どもの頃から知ってる。あたしの好きな薫が可愛くないわけないじゃない!」
オバチャンも本気モードになった。
「眉剃ってるから変な顔……」
「時間がたてば、元の眉に戻るけど、あたしが描いてあげよう」
オバチャンは、左の眉を描いてくれた。
「右は自分でやってごらん、左の真似して。しばらくは描き眉でいかなきゃならないんだから」
真剣に眉を描いた。左を見るまでもなく、手が元の眉を覚えていて、左とピッタリの眉が描けた。体の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
「そうよ、それが薫本来の笑顔よ。小学校の二年で九九を覚えて、あたしにご披露しにきた、あの時の笑顔よ!」
鏡の中には、どこか由香里に似た女子高生が映っていた……。