秘録エロイムエッサイム・7
(The witch training・3)
「あんあたも、えらいもんしょっちゃったね……」
ハチ公がしみじみとした声音でため息ついた。
「なんでも、血筋だから仕方無いらしい……」
「他にも血筋で、名前だけ引き継いでるのいるけど、からっきし。まあ、魔法が使えたってろくなことないけどね」
「うん、なんだか使い方むつかしいみたいだし。ハチ公も魔法使いなの?」
「魔法犬ってとこか……」
「魔法犬?」
「ああ、ご主人の上野先生が無くなってから、九年間も渋谷の駅前で、待ち続けてさ。それを、世間様は『帰らぬ主人を待ち続けた忠犬』ってことにしちまった。俺は、ただ犬としての……俺って秋田犬なんだ。秋田犬ってのは主人に忠実ってのが売りだったしさ。俺自身のレーゾンデートルのためにも、秋田犬の代表としても引っ込みつかなくなってしまってさ。なんたって生きてる間にマスコミが騒いじゃってさ。俺ぐらいのもんじゃない、本人が生きてる間に銅像まで造られちまって。除幕式には俺自身引っ張り出されっちまってさ。映画になるは、教科書に載るはで……けっこう大変。で、もう九十年も、ああやって銅像やってるだろ。自然と魔法犬っぽくなちまってさ、あの沙耶ちゃんの体に憑りついてるやつと仲良くなったりするわけ」
「沙耶ちゃんに憑りついてるのって、誰なの?」
「それは……内緒。いずれ分かる時もくるさ。けして神さまとか天使とかじゃないけど、悪い奴じゃないから。気楽に付き合ってていいと思うよ。ほんと新人の教育って大変だから……あ、真由のこと嫌がってるわけじゃないからね。これでも、俺使命感があるんだ。真由も大変だ、たまたま四代前がイギリス人でさ。この人が魔女の血をひいてたから、真由がやらざるを得なくなっちまった。さて、基本からやろうか」
「ああ、お願い、沙耶途中で投げ出しちゃうんだもん」
「あの子にも都合があってね、真由一人のことにかまけてらんないの。真由、ゲームってやる?」
「うん、たまにね。いまは『ファインファンタジー13ヘッドライトニングリターンズ』やってんの」
「ああ、あのラスボスが、バカみたいに強くって、何度も『最後の13日間』やらなきゃならないやつだね。あの世界観、ちょっと魔法に似てる」
「そうなんだ」
「コントローラーを頭に思い浮かべて」
「うん……」
真由の手は無意識にコントローラーを持つ手になった。
「〇ボタンが攻撃、あ、ちょうどいいや、あそこでチンピラに絡まれてる気弱そうな大学生がいるだろ。△ボタン押して、地図を出す。ターゲットを大学生にマーク合わせて、合わせるのはL3のグリグリボタン。キャッチしたら〇ボタンで決定。あとは〇ボタンで攻撃になる」
襟首を締めあげられていた大学生が、振りほどいて、チンピラの顔に頭突きをくらわせた。
「連打すれば、コンボ攻撃」
大学生は、頭突きのあと、パンチと背負い投げを二回繰り返した。
「ああ、攻撃ゲージの使い過ぎ、□ボタンでガード。その間にゲージを貯める。×ボタンで相手の攻撃能力を弱くして……」
あとの説明はいらなかった。真由は無意識にバーチャルコントローラーを操作して、HPゲージも満タンにして、さっさと逃げさせた。あとには三人のチンピラが唸って転がっている。
「さすがにゲーム慣れしてるね。これなら、すぐにコントローラー思い出さずに魔法が使えるようになる」
「R1ボタンは?」
「カーソルを……自分に合わせて押してごらん」
R1ボタンを押すと、次々に自分の姿が変わるのが分かった。相変わらずAKBの選抜メンバーになってしまう。
「弱く押せば、コスだけ変わるから」
「……なるほど、ファッション雑誌でいいなと思ったのに変わっていく。ハハ、これいいわね」
「あんまりやると、人に怪しまれる」
雑踏の中、真由の変化を信じられない目で見ている人が何人かいた。真由は急いで元の姿に戻った。
「魔法属性とか、戦闘、防御の属性は暇なときに切り替えとくといいよ。慣れれば、これも無意識の瞬間でできるから」
「こうやりながら、経験値をあげていくのね」
「ま、そういうこと」
「あの……さっきから、同じとこばっか回ってない?」
「バレたか。テレポのゲージを上げてんの」
ハチ公が、そう言うと一瞬目の前が白くなり、回りの景色が変わった。東にダラダラした山並み、擬宝珠の付いた橋。その下に南北に流れる川。托鉢のお坊さんに、溢れんばかりの観光客。振り返ると京阪三条の駅。どうも京都にテレポしたみたいだ。
首を前に戻すと、ヒョロリとした若者がやってくるのが分かった。若者の魔法ゲージは、真由とケタが二つも違っていた……。
(The witch training・3)
「あんあたも、えらいもんしょっちゃったね……」
ハチ公がしみじみとした声音でため息ついた。
「なんでも、血筋だから仕方無いらしい……」
「他にも血筋で、名前だけ引き継いでるのいるけど、からっきし。まあ、魔法が使えたってろくなことないけどね」
「うん、なんだか使い方むつかしいみたいだし。ハチ公も魔法使いなの?」
「魔法犬ってとこか……」
「魔法犬?」
「ああ、ご主人の上野先生が無くなってから、九年間も渋谷の駅前で、待ち続けてさ。それを、世間様は『帰らぬ主人を待ち続けた忠犬』ってことにしちまった。俺は、ただ犬としての……俺って秋田犬なんだ。秋田犬ってのは主人に忠実ってのが売りだったしさ。俺自身のレーゾンデートルのためにも、秋田犬の代表としても引っ込みつかなくなってしまってさ。なんたって生きてる間にマスコミが騒いじゃってさ。俺ぐらいのもんじゃない、本人が生きてる間に銅像まで造られちまって。除幕式には俺自身引っ張り出されっちまってさ。映画になるは、教科書に載るはで……けっこう大変。で、もう九十年も、ああやって銅像やってるだろ。自然と魔法犬っぽくなちまってさ、あの沙耶ちゃんの体に憑りついてるやつと仲良くなったりするわけ」
「沙耶ちゃんに憑りついてるのって、誰なの?」
「それは……内緒。いずれ分かる時もくるさ。けして神さまとか天使とかじゃないけど、悪い奴じゃないから。気楽に付き合ってていいと思うよ。ほんと新人の教育って大変だから……あ、真由のこと嫌がってるわけじゃないからね。これでも、俺使命感があるんだ。真由も大変だ、たまたま四代前がイギリス人でさ。この人が魔女の血をひいてたから、真由がやらざるを得なくなっちまった。さて、基本からやろうか」
「ああ、お願い、沙耶途中で投げ出しちゃうんだもん」
「あの子にも都合があってね、真由一人のことにかまけてらんないの。真由、ゲームってやる?」
「うん、たまにね。いまは『ファインファンタジー13ヘッドライトニングリターンズ』やってんの」
「ああ、あのラスボスが、バカみたいに強くって、何度も『最後の13日間』やらなきゃならないやつだね。あの世界観、ちょっと魔法に似てる」
「そうなんだ」
「コントローラーを頭に思い浮かべて」
「うん……」
真由の手は無意識にコントローラーを持つ手になった。
「〇ボタンが攻撃、あ、ちょうどいいや、あそこでチンピラに絡まれてる気弱そうな大学生がいるだろ。△ボタン押して、地図を出す。ターゲットを大学生にマーク合わせて、合わせるのはL3のグリグリボタン。キャッチしたら〇ボタンで決定。あとは〇ボタンで攻撃になる」
襟首を締めあげられていた大学生が、振りほどいて、チンピラの顔に頭突きをくらわせた。
「連打すれば、コンボ攻撃」
大学生は、頭突きのあと、パンチと背負い投げを二回繰り返した。
「ああ、攻撃ゲージの使い過ぎ、□ボタンでガード。その間にゲージを貯める。×ボタンで相手の攻撃能力を弱くして……」
あとの説明はいらなかった。真由は無意識にバーチャルコントローラーを操作して、HPゲージも満タンにして、さっさと逃げさせた。あとには三人のチンピラが唸って転がっている。
「さすがにゲーム慣れしてるね。これなら、すぐにコントローラー思い出さずに魔法が使えるようになる」
「R1ボタンは?」
「カーソルを……自分に合わせて押してごらん」
R1ボタンを押すと、次々に自分の姿が変わるのが分かった。相変わらずAKBの選抜メンバーになってしまう。
「弱く押せば、コスだけ変わるから」
「……なるほど、ファッション雑誌でいいなと思ったのに変わっていく。ハハ、これいいわね」
「あんまりやると、人に怪しまれる」
雑踏の中、真由の変化を信じられない目で見ている人が何人かいた。真由は急いで元の姿に戻った。
「魔法属性とか、戦闘、防御の属性は暇なときに切り替えとくといいよ。慣れれば、これも無意識の瞬間でできるから」
「こうやりながら、経験値をあげていくのね」
「ま、そういうこと」
「あの……さっきから、同じとこばっか回ってない?」
「バレたか。テレポのゲージを上げてんの」
ハチ公が、そう言うと一瞬目の前が白くなり、回りの景色が変わった。東にダラダラした山並み、擬宝珠の付いた橋。その下に南北に流れる川。托鉢のお坊さんに、溢れんばかりの観光客。振り返ると京阪三条の駅。どうも京都にテレポしたみたいだ。
首を前に戻すと、ヒョロリとした若者がやってくるのが分かった。若者の魔法ゲージは、真由とケタが二つも違っていた……。