大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルベスト・『らっきーは めつ』

2016-11-04 06:46:04 | ライトノベルベスト
ライトノベルセレクト
『らっきーは めつ』



 ……芹沢淳が率いる大手門高校とOG劇団である金曜座は、そういう傾向の中で、個が(確立されるどころか)壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである。

 燿子は懐かしい思いで、その劇評を読み返していた。
「オレ、今夜歓送迎会。飯いいや」
 亭主の有樹が、呟くように言うと玄関を出て行った。

「らっきー」と、燿子は声に出てしまい、有樹に聞こえなかっただろうかと、少しの間気にした。遠ざかる足音には変化はない。
 これで、今夜は夕食の準備をしなくても済む。パートの仕事が終わったら、久しぶりに渋谷にでも出てみようか。新宿や原宿でないところが、我ながらつましい。

 有樹には計画性というものが無い。五年十年先を見越した人生設計がない。いつまでも若くはない、三十代、四十代になった時のビジョンを持っていなくちゃ。
 三十までは子どもは作らない。そのかわりお金を貯めて、家を買う。そして子ども。家と子どもは足かせになるだろうけど、三十代なら、楽しみながら苦労も乗り越えられる。
 余力で四十代の前半は乗り切れるだろう。後半では、ローンも返し終える。子どもも育て方さえ間違えなければ、手が掛からなくなる。そして、それからが本格的な自分の人生だ。五十以降の人生は未知数。だけど燿子は、自分中心でやっていこうと思っている。場合によっては有樹と別れることも選択肢の中に入っている……ことは秘密。

 懐かしくなって、金曜座を検索してみる。

 金曜座は、高校の演劇部顧問の芹沢先生が、卒業生を集めて作った劇団。クラブの卒業生の大半が所属していた。高校演劇ではないので、五十分という枠に縛られることもなく、先生のオリジナルや、女ばかりで『真田風雲録』などを演ったりした。
 あのころ、燿子にとって芹沢先生は神さまだった。先生の言うことやることが全て正義で、演劇の王道だと思っていた。

 最初に見かけた劇評も当時、先生と仲の良かったSMという似たような劇団の座長が書いたもので、当時は燿子たちの憧れであった。

 この劇評は、燿子にとって最後の舞台になった『らっきー波』という芝居へのものであった。この芝居に対し、もう一つの劇評があった。

――これは、ただの演劇部の延長で劇団とは呼べない。劇団と称するなら、劇団員は卒業生だけではなく、広く一般から求められなくてはならない。観客も現役の生徒やOGが大半で一般の観客はほとんど見かけない。芝居も、ドラマの構成が甘く、人物の掘り下げが浅い。役者も皆エロキューションが同じで、注意しないと、観ていて混乱する。自己解放、役の肉体化、役の交流が不完全。もう高校生だからという言い訳は通用しない――

 中林という劇作家がクソミソに酷評した。ブログにコメントすると「じゃ、会ってお話しましょう」と、電話番号が書かれたコメントが返ってきた。
「わあ、挑戦的……」
「ちょっち、怖いなあ……」
 みな尻込みして電話するものがいなかった。で、燿子が電話してじかに会って、中林から話を聞いた。

「SMさんは『個が壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである』と書いていらっしゃるけど、金曜座自身が内に閉じて、劇団員の個を壊してるよ」
「どういう事ですか!?」
「金曜土曜を潰して稽古。二十歳前後の女の子には大事な曜日だよ。買い物に行ったり、友達と出かけて喋ったり、本当に自己確立していく大事な時期だ。それを高校演劇の延長で潰しているのは、どうかと思う」
「あたしたちは、金曜座で自己確立してるんです。団員はみんな心の友です!」
 ボキャ貧の燿子は、ジャイアンのような言葉で締めくくった。
「金蘭の友か……」
「え……?」
「非常に親密な交わり。非常に厚い友情てな意味です」
「その通りです。あたしたちは芹沢先生の元で、演劇を通して……」
「それは、勘違い」
「なんですって!」
「そう熱くならないで、芽都さん」

 中林は、燿子の苗字を正確に「めつ」と読んだ。たいていのひとは「めず」とか「めと」と読む。

 中林は、ノートを広げ、燿子の演技に一つ一つ質問した。
「あそこで泣くのはどうして……違う、原因は、その前の篤子の言葉だ。それに、ここは泣くんじゃなくて泣くのを堪えようとして涙になるんだ。山本がグチっている間、君はイヤさ一般を見せているだけ……」
 この手厳しいダメ出しには、一言も返せず、返って自分の狭さ小ささを思い知らされた。
「よかったら、この芝居、ごらんなさい」
 中林は劇団新幹線のチケットをくれた。

 そして、観にいって人生が変わった。

 新幹線の芝居を観て、ほどなく燿子は金曜座を辞めた。別の劇団に入ったが、金曜座でついたクセが抜けず、金曜座の観客が反応してくれた演技では、観客席は冷めるばかりだった。

 中林に電話すると「人生設計をしましょう」という答が返ってきた「どうやったら、あたしの演劇人生は……」そう聞くと「芽都さんは、何本戯曲を読んだ?」と返ってきた。
 この一言で、燿子は愕然とした。自分は芹沢先生の本と、彼が勧めた本しか読んだことが無かった。

 本来、頭の回転のいい燿子は、これで頓悟し、芝居から離れ、大学を出た後は仕事に専念、そして今に至っている。

「あ、雨!」

 ボンヤリしていた燿子は、雨の降り始めに気づかなかった。
「あ~あ、洗濯のやり直し……」

 燿子は、家を建てるときにはベランダにはアクリルで見通しのいい大きな庇を付けようと思った……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・『俺が こんなに可愛いわけがない・2』

2016-11-04 06:25:52 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『俺が こんなに可愛いわけがない・2』


 でも、なかなか「俺」は「あたし」にはさせてもらえなかった……。

「なあ、薫、昨日は翔太から助けてくれてありがとう」
「いいよ、俺も、あいつ嫌いだし」
「そうなんだ……でも、それだけ?」
「弱い者イジメするやつも嫌い……だから」
「あ、ボク腕力ないってか、バイオレンスはね……」
「あ、午後の部始まる。大ホール集合ってるぞ」
「あ、うん……」

 Mは会話を切られて所在なげだった。MはH高でも珍しく勉強ができるイケメンだった。斜に構えたり肩を怒らすことなんかしなかった。だから、一時Mに好意をもったこともあった。
 でも、Mと少し付き合って分かった。こいつはH高という狭いところで超然としていられることだけで満足。翔太のようなアクタレがいくらワルサをやっても、我関せず。だから、もめ事はなかった。

 そういうチンケなところが見えてから、Mとは距離をとった。今は、ほとんど関心はない。それより、昨日助けたことで、変な誤解をしているところがウザイ。

 ウザさは、午後の撮影が終わって限界を超えた。

「な、もっかい付き合い直そうよ。今でもボクのこと好きなんだろ。どうせ翔太とやっちゃったんだろ。もっと深いところで……」
「深いところでオネンネしてな!」
 俺、あたしは観客席を立ち上がったMに足払いをかけると同時に背負い投げで通路にぶっ飛ばした。だめだ、由香里が怯えてる。妙な図だった。バッチリ清楚に決めた俺、あたしがネッチリだけどイケメンのMをぶっ飛ばし、ヤンキーっぽい東亜美の姿をした由香里がビビッテる。

 で、監督が、それを観ていた。で、大阪でのロケにも付き合うことになってしまった。

 本物の真田山学院高校を借り切って撮影。あたしはエキストラから、ちょっぴり出世して、主役のはるかのクラスの学級委員長になり、少しだけど台詞までもらった。
「クラスいろいろ居るけど、気にせんとってね」と「起立、礼、着席」ここでは素直に起立しない我が従妹由香里演ずる東亜美に清楚にガンをとばすことまでやった。
 ちょうど俺からあたしに変わろうとしている俺、いや、あたしにはピッタリだった。

 撮ったばかりの映像を試験的に見ることをラッシュというらしいけど、それを観ると、俺、あたしはほぼ完全な女の子に戻りつつあった。
「薫ネエチャン。こんなに可愛かったんだ!」
 由香里がため息をついた。

 オーシ、このままアタシは女の子に、それも頭に「可愛い」冠を付けてなるんだ!

 この願いは、簡単には実らなかった。主役のはるかが、親友の由香を張り倒すシーンがあった。はるかという人は若いけれど、良い役者だと思っていたが、こういうシーンは苦手なよう。それに殴られる方の由香、佐倉さくらさんのウケもまずかった。殺陣師の人が形を付ける。さすがはプロで、それらしくみえるんだけど、監督は不満。
「アクシデントって感じがほしいなあ。なんか、ほんとのケンカの瞬間に見えちゃうよ」
 役者も殺陣師も困ってしまった。

「あたし、見本やります」気が付いたら口にしていた。

 髪を由香と同じポニーテールにして、はるかさんにどつかれる。拳が飛んでくる寸前に無様に吹っ飛んで、中庭のコンクリを転がる。ケンカ慣れしているので、衝撃は吸収してるので、そんなに痛くはない。由香里は見てるだけで痛そうな顔。
「よし、ここ吹き替えでいく!」ことになって、二度ほど撮った。直ぐにOK。
 あとは、殴られた瞬間の由香のアップだけを別撮りして合成。みんなに喜んでもらって、あたしは、今まで感じたことのない喜びを感じた。不覚にも……いや、上出来の女の子の涙が流れてきた。

 これで、俺の薫から、あたしの薫に変身……するはずだった。

 あたしは、見かけとのギャップが買われ、スカウトされてしまった。
 最初は、バラエティーのゲスト。それも、我が従妹一ノ瀬由香里のお供え物的な出演だった。
 それが、夏の終わりには、テレビの単発ドラマの主演になってしまい、

 ギャップのカオルで、通ってしまった。まあ、一応女の子として認めてもらえたのでOK。

 でも、出待ちの女の子のファンには、まだまだ慣れない俺、いや、アタシでした……。

 『俺がこんなに可愛いわけがない』 第一部 完 

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・83『かぐや姫の物語』

2016-11-04 06:06:32 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・83
『かぐや姫の物語』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


信じられないアニメ世界です。

 絵柄が素朴だとか言うような範疇ではありません。デッサン画にそのまま色を付けたような絵です……なんぞと書くとイージーな仕事だとお思いでしょうが さにあらず。
 静止画なら別に気にしないのですが、これが動画として動くとなると話が別です。炭で描かれたように見える画の外縁が全くブレていません! 一体どんなテクニックなのでしょうか? 背景は男鹿さんの久方振りの見事な仕事、キャラクターは その背景に溶け込み一切違和感がありません。CGの細密画像に慣れた目にはホッとさせられる解放感があります。と言って昔のアニメタッチではありません、これは全く新しい世界です。
「かぐや姫」の映像化作品はたくさん有りそうで これが殆ど有りません。市川崑/沢口靖子の物が有るだけです。
 日本最古のファンタジーで、日本人には超馴染みのお話し、物語に変更メスは入れにくい。結果、超豪華セット、絢爛豪華な衣装、絶世の美女(個人的には沢口靖子を美人とは……)的映画にしかならない。
 今作では「何故かぐや姫が日本にやって来なければならなかったのか」という根源的にこの物語が持っている謎に一定の答を与え、かぐや姫の幼年期を膨らませてあります。これが後のかぐや姫の悲しみに深く繋がっていきます。
 サブタイトルにある「姫の犯した罪と罰」……どんな罪に如何なる罰なのか? 小さい時から絵本で親しんではいましたがこの物語に感動した事はありません、今回初めてかぐや姫の内実に触れました(当然 高畑勲解釈ですが) ラスト泣いている方も大勢いらしたようです。
 もう一つ、見ていて思ったのが「こいつは“アルプスの少女ハイジ”の日本古典バージョンやなぁ」って事で、言うなれば高畑勲の「ジブリ史」が詰まっている作品だという事です。
 ただ……私、どうも高畑勲さんとは感性がズレとりますようで、理解も感情移入も出来るんですが、感動がストレートに入って来ない、ストーリーテリングにしつこいものを感じてしまうんですわ。
 本作はアフレコ(画が先にあって声をいれる)ではなくブレスコ(先にセリフを録音して画像を合わせる)を採用しています。世界的にはブレスコが主流(役者の拘束が短く、ギャラの節約になる)ですが、日本ではまだアフレコの方が多い。作画がとても困難だったらしく(声合わせを別にしてです)、それならアフレコにした方が良かったんじゃないんだろうか。ここにズレの原因が有りそうです。
 いや、言い訳ですわ。まぁ、おかげで亡くなった地井武男さんの声が聞けるんですから文句つけたら怒られます。 黙ります、このブツブツは忘れて下さい。

 映像は“芸術品”と断定いたします。必見作品でありますゾ!

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