秘録エロイムエッサイム・13
(楽観的リフレイン・1)
この角曲がったら……武蔵がいるような気がした。
那覇の国際通りでのバトルが終わって、清明とハチと何か話したような気がしているが、真由はロクに覚えていなかった。ただ敵の名前が孫悟嬢で、負けて消滅したのではなく、まだHPに余裕を残しながらの戦略的撤退であることが「ああ、またやるのか……」という気持ちとともに残っているだけだった。
そのあと、清明の山荘にテレポした。今度は、いきなり山荘の中ではなく、山荘に通じる山道だ。
で、柴垣の角を曲がって、山荘の庭に入ると宮本武蔵がいるような気がしたのである。
が、ちがった。回遊式日本庭園には似つかわしくない、アイドル姿の女の子が、まるで握手会のようにニコニコして立っていた。
「あ、ウズメさんじゃないですか」
清明も驚いていたが、真由ほどに意外そうではない。
「どうも、今日は、アマテラス様のお使いでまいりました」
「うん、そういう格好も、ウズメさん、いけますね」
ハチが、その横でワンワンと吠えた。
「ハチは、古事記通りのトップレスの姿がいいそうです」
真顔で清明は、犬語を翻訳した。
「うそ、ハチも似合ってるっていってます。あたしだって犬語分かりますぅ」
「ハハ、話は面白い方がいいと思って」
気づくと、庭園を回遊し、四阿(あずまや)に向かっていた。
「真由さん、ご苦労様でした。思いのほか大変な敵が出てきたので、アマテラス様が、急いで話を付けて来いとおっしゃって、わたしをおつかわしになりました。ご存じだとは思うんですけど、わたし天宇受売命(アメノウズメノミコト)っていいます」
「えと……雨の?」
「ああ、やっぱ、学校で記紀神話習ってないと分かんないわよね」
ウズメは、軽くため息をついた。
「アマテラスさんが、弟のスサノオの乱暴に腹立てて、岩戸に隠れちゃうじゃない。で、世の中真っ暗闇になって、困った神さまが一計を案じ、岩戸の前でヤラセの宴会やるだろ。そのときMCやりながらエキサイトして、日本初のストリップやった女神さん」
「ああ、むかし宮崎駿のドキュメントで、そんなアニメが出てた!」
「芸能の神さまでね。タレントになる子は、みんなお参りにいく庶民的な神さま。でも、そのウズメさんが、なんでまた?」
清明が、そう聞くようになったころには、庭を見晴るかす四阿についていた。
「国際通りに出ていた式神と孫悟嬢は、琉球独立運動のオルグなの。思った以上に数が多かったのでアマテラスさまも、ご心配でわたしをおつかわしになったの」
「あの、オルグって?」
「えと……工作員のこと」
「え、中国の?」
鹿威しの音がコーンと響いた。
「中国の何千万人かの人たちの想いが凝り固まって出てきた変異だと思う」
「割合は低いけど、中国は人口の分母が多いから。思ったよりも強力になってきたみたい」
庭では、ハチがスズメを追い掛け回している。ハチも犬なんだなと、真由は気楽に思った。
「スズメはね、トキとタンチョウと並んで中国の国鳥候補のベストスリーなの。得点稼ぎのスパイかもね」
「ここの結界は完全だよ」
「牛乳箱の下に鍵……昭和の感覚ね」
「この四阿にも結界が張ってあるよ」
「あの、ウズメさんは、あたしに御用が?」
「そう。お願いと覚悟を決めてもらうために、やってきました」
ウズメは姿勢を正して、真由に向かい合った。
「これからは、日本を守るためにリフレインな生活を送ってもらいます」
真由はリフレインの意味を思い出していた……たしか、繰り返しの意味だった。
「もう一つ意味があるわ。refrain from~で、何々を我慢するって意味もあるわ」
そういうウズメは、とびきり可愛かったが、目もとびきり真剣だった。
(楽観的リフレイン・1)
この角曲がったら……武蔵がいるような気がした。
那覇の国際通りでのバトルが終わって、清明とハチと何か話したような気がしているが、真由はロクに覚えていなかった。ただ敵の名前が孫悟嬢で、負けて消滅したのではなく、まだHPに余裕を残しながらの戦略的撤退であることが「ああ、またやるのか……」という気持ちとともに残っているだけだった。
そのあと、清明の山荘にテレポした。今度は、いきなり山荘の中ではなく、山荘に通じる山道だ。
で、柴垣の角を曲がって、山荘の庭に入ると宮本武蔵がいるような気がしたのである。
が、ちがった。回遊式日本庭園には似つかわしくない、アイドル姿の女の子が、まるで握手会のようにニコニコして立っていた。
「あ、ウズメさんじゃないですか」
清明も驚いていたが、真由ほどに意外そうではない。
「どうも、今日は、アマテラス様のお使いでまいりました」
「うん、そういう格好も、ウズメさん、いけますね」
ハチが、その横でワンワンと吠えた。
「ハチは、古事記通りのトップレスの姿がいいそうです」
真顔で清明は、犬語を翻訳した。
「うそ、ハチも似合ってるっていってます。あたしだって犬語分かりますぅ」
「ハハ、話は面白い方がいいと思って」
気づくと、庭園を回遊し、四阿(あずまや)に向かっていた。
「真由さん、ご苦労様でした。思いのほか大変な敵が出てきたので、アマテラス様が、急いで話を付けて来いとおっしゃって、わたしをおつかわしになりました。ご存じだとは思うんですけど、わたし天宇受売命(アメノウズメノミコト)っていいます」
「えと……雨の?」
「ああ、やっぱ、学校で記紀神話習ってないと分かんないわよね」
ウズメは、軽くため息をついた。
「アマテラスさんが、弟のスサノオの乱暴に腹立てて、岩戸に隠れちゃうじゃない。で、世の中真っ暗闇になって、困った神さまが一計を案じ、岩戸の前でヤラセの宴会やるだろ。そのときMCやりながらエキサイトして、日本初のストリップやった女神さん」
「ああ、むかし宮崎駿のドキュメントで、そんなアニメが出てた!」
「芸能の神さまでね。タレントになる子は、みんなお参りにいく庶民的な神さま。でも、そのウズメさんが、なんでまた?」
清明が、そう聞くようになったころには、庭を見晴るかす四阿についていた。
「国際通りに出ていた式神と孫悟嬢は、琉球独立運動のオルグなの。思った以上に数が多かったのでアマテラスさまも、ご心配でわたしをおつかわしになったの」
「あの、オルグって?」
「えと……工作員のこと」
「え、中国の?」
鹿威しの音がコーンと響いた。
「中国の何千万人かの人たちの想いが凝り固まって出てきた変異だと思う」
「割合は低いけど、中国は人口の分母が多いから。思ったよりも強力になってきたみたい」
庭では、ハチがスズメを追い掛け回している。ハチも犬なんだなと、真由は気楽に思った。
「スズメはね、トキとタンチョウと並んで中国の国鳥候補のベストスリーなの。得点稼ぎのスパイかもね」
「ここの結界は完全だよ」
「牛乳箱の下に鍵……昭和の感覚ね」
「この四阿にも結界が張ってあるよ」
「あの、ウズメさんは、あたしに御用が?」
「そう。お願いと覚悟を決めてもらうために、やってきました」
ウズメは姿勢を正して、真由に向かい合った。
「これからは、日本を守るためにリフレインな生活を送ってもらいます」
真由はリフレインの意味を思い出していた……たしか、繰り返しの意味だった。
「もう一つ意味があるわ。refrain from~で、何々を我慢するって意味もあるわ」
そういうウズメは、とびきり可愛かったが、目もとびきり真剣だった。