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『フェロモンの偽証』
あれは、転落死したAの葬儀の日だった。
出棺の時、霊柩車の横にクラスの全員が整列。その時から僕は感じていた。
――かわいい子だな――
転校して間が無いときだったので、亡くなったAにも特別な感情はなかった。そして綾子の存在にも気づいていなかった。
霊柩車がクラクションをならして、動き始めた時、綾子が、ほんのわずか前に出かけた。
僕は察した。
それからの綾子は、普段通り……と言っても、それ以前の綾子のことは知らないけど、本人と周囲の雰囲気から普段通りだと思った。
周囲は口を閉ざしていたし、綾子も、あのわずかに霊柩車の前に出ようとしたことを除いて、そぶりも無かった。
それから、何事も無かったように数か月が過ぎ、僕たちは、それぞれの高校に進学した。
偶然、僕と綾子は同じ学校に進学し、クラスは違うけど、同じ演劇部に入った。
本格的な演劇部で、基礎練習をみっちりやらされた。
基礎練習の中に、人のウソを見破るのがあった。一人が前に出て話をする。ただ、その話の中に一つだけウソを入れ、他のみんなは、話しの後で、そのウソを見破るのだ。人はウソをつくとき、目が動くことが多い。
僕が前に立った時、僕は、ほんのイタズラ心で、出てくる人間の名前を変えた。OをAと言いかえた。
誰も、僕のウソを見抜けなかった。みんなには「うっかりウソを入れるのを忘れた」と言っておいた。でも、綾子だけは気づいていた。
僕は確信した。
「古い話だけど、Aは綾子のことが好きだったんじゃないかな」
クラブの帰り道に、ほんの世間話のつもりで言った。綾子の顔色が変わった。
当たっていた。
中学の頃、Aは綾子のことが好きで、自殺の数日前に告白していたが、手痛くふられてしまった。そのことを綾子は、ずっと気に病んでいた。
「あたしが悪いの、あたしが、あそこまでA君が思い詰めているなんて思ってもいなかったから……」
綾子は嗚咽し始めた。
「そんな、Aのことは誰にも分からないよ。きっと他にも悩んでいたことがあるんだよ」
綾子は納得しなかった。人目もはばからず、綾子は僕の胸に顔を埋めるようにして嗚咽し続けた。
僕は、胸いっぱいに綾子の苦しさを感じた。そして綾子の温もり、髪の感触、匂い立つ香りも……僕は、綾子を本当に愛おしく思った。
それから十年ちょっと。
「ちょ、じゃま」
綾子は。寝転んでテレビを見ていた僕を平気で跨いでいった。
「もう三十路なんだからさ、そういうパンツ止した方がいいよ」
「いいの。アナのパンツはゲンがいいんだから」
今日は上の子の卒園式だ。綾子は、スタイルも物腰も(亭主を平気で跨いでいくことなどを除いて)あのころと少しも変わらない。
お母さんたちの集まりでも、その可愛いといってもいい女らしさは評判のようだ。会社の仲間からも「いいの見つけたな」とか「純愛の末だもんな」とか言われる。穿いているパンツも、あの時嗚咽した時に付けていたブラとお揃いのアナ雪のアナのパンツだ。
で、亭主である僕本人は、多少嫌気がさしている。
あのころ愛おしいと思ったのは、綾子のフェロモンだ。僕はフェロモンの偽証に騙された。