やくもあやかし物語・71
プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル
電話が鳴っている……それは分かってるんだけど、起きれない……
プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル プルルル
電話……えと……
ポシャ
何十回鳴っただろ、やっと、寝返りうって、手だけ伸ばして黒電話の受話器を取る。
『やっと出たあ』
「えと……どなたですかあ?」
『交換手です』
「あ、そか……」
わたしの電話は古式ゆかしい昭和の黒電話。いろいろイワクのある電話なんだけど、起き抜けの低血圧、それも春眠暁を覚えずの春休みの真っ最中。解説してる余裕はないよ。
で、普通じゃない黒電話は、まず最初に交換手さんが出てくる。
しょっちゅう掛かってくることもあるけど、何日も掛かってこないこともある。
ここしばらく掛かってこなかったのと、春眠の目覚めでボーっとしていてトンチンカンを言ってしまった。
『お地蔵さんからだったんですけど、やくもが、なかなか出てこないんで伝言です』
「え、あ、うん……」
『勾玉の有効期限が切れるので、今日中に返しにくるように……ということです。三月中にに返さないと年度を跨ってしまって、手続きややこしくなるそうです』
「あ……うん、分かった。顔洗ったら行きます……」
『じゃ、よろしく』
起きようと思ったら、口に違和感。髪の毛が口の中に入ってしまって、ぺッ、ペッ。
鏡を見たら、爆発頭の間抜け顔。『アナと雪の女王』にこんなのがあった……わたしは、アナほど可愛くないと思いつつ顔だけ洗って、ササッと着替えてお地蔵さんの祠に向かう。
朝ごはん食べたかったんだけど、相手はお地蔵さん、それも、わざわざ電話をしてこられるんだ、さっさと済ませなきゃ。
杉野君に憑りついた『そいつ』もケリはついていない。
どうも、お地蔵さんの手にも余る相手らしいんだけど、ま、これからもお世話にならなきゃならないだろうし……あ、ついでにお財布持ってコンビニにでも行けばと思う。夕べ冷蔵庫を覗いたらコーヒー牛乳が切れかけ。お爺ちゃんの分を残しておかなきゃならないので、風呂上がりの一杯は諦めたんだ。
でも、お財布持って出てないし。
考えてるうちにお地蔵さんの祠にたどり着く。
「すみません、遅くなって。じゃ……ここに置いておきますんで、よろしくお願いします」
手を合わせると、お守り石の一つが口をきいた。
『いや、ごくろうさま。お地蔵さまはお出かけしておられるから、お伝えしておきます。受け取り忘れずに持って行ってね』
そう言うと、賽銭箱の横に受け取りの紙が現れた。
「そいじゃ、失礼します」
もっかい一礼して帰途に就く。
明日から四月、桜の満開は過ぎたけど、帰り道のあちこちに、チラホラと花びらを散らせながら、人に例えたら女ざかりって感じで咲き続けている。
家に帰って朝ごはん。
牛乳で我慢しようと思っていたら、コーヒー牛乳が一人分残ったまま。
「お爺ちゃん、ありがとう、やくもに残しておいてくれたんだね」
「あ、いや、忘れていただけだよ」
新聞から目を離さないでお爺ちゃん。嘘をつくのがヘタだ。
ありがたくいただいて、朝食をとる。
「え……?」
お爺ちゃんの新聞を見て気が付いた。
日付が4月1日。
部屋に戻って交換手さんに聞いてみる。
『そうですよ。今日はエイプリルフール』
あ、やられた。
春休みで日にちの感覚が無くなってる方も悪いんだけどね(^_^;)。
『でもね、やくもが遅れたことを自覚してしまうと、ほんとに災いを背負い込んでしまうの。だから、お地蔵さんと相談して……大丈夫、ずっと3月31日だと思ってたでしょ』
「うん」
『じゃあ、いい新年度にしましょうね(^▽^)』
「はい、交換手さんもね」
受話器を置いて思った。
こういうイタズラめいたことができるのも、お互い馴染んだからなんだよね。
そう思うと、ちょっと嬉しい。
その夜、お風呂に入って湯船に浸かると、胸にボーっと赤く勾玉の影が浮かび上がる。
やっぱ、無自覚とはいえ返却が遅れてしまったから残っちゃった……かな。
でも、お風呂から上がって体を拭こうとしたら消えている。
まあ、人とお風呂に入ることもないんだからいいか……日焼けみたく、そのうち消えるだろうし。
みなさんの四月一日はどうでしたか?
じゃ、おやすみなさい。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け