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どうしよう、あたしって、まだ清純なままだ……!
「ほんの200CCでいい。分けてくれないか。むろん喉に噛みついたりしない。この通り消毒用のアルコールもあるし、注射器もある。ボクの注射は痛くないから。なんたって、この数百年ずっとやってきたからね」
「で、でも……」
「頼む。ボクは、まだ耐えられるけど、妻が……」
「奥さんが?」
「うん、妻は、日本にきてから、摂取した血のいいところだけ集めて作った人間なんだ」
「そんなこと、できるの!?」
「イブは、アダムの肋骨から作られた。バンパイアにも、ぼくぐらいになると、それが出来る。それで、なんとか子孫を残そうと思って……現在確認した中で純潔なバンパイアは、ボク一人だけなんだ……ほら、これが妻だよ」
或角さんは、弁当箱ぐらいの箱を開けた。そこにはリカちゃん人形ほどに小さくなった奥さんが眠っていた。
「これ以上小さくなると命に関わる。奈月くん、頼むよ」
顔色も悪く箱の中で眠っている奥さんを見ていると断れなくなってきた。
「じゃ、200CCだけ……」
「ありがとう!」
「はい、どうぞ!」
駐車嫌いなあたしは、顔を背けて、右腕をさしだした。そのまま十秒ほどたった。
「まだですか?」
「いや、もう頂いたよ」
見ると注射器の中には、ちょうど200CCと書かれたところまで血が入っていた。
「いつの間に……」
「言ったろ、注射の名人だって。蚊が刺したほどにも感じなかっただろ?」
そう言いながら、或角さんは、箸ほどの細さの奥さんの腕に注射していった。200CCなんて、この小さな体に入るんだろうかと思ったけど、魔法のように血は全部入っていった。
「これでいい……効き目が現れるのには少し時間がかかるけどね。その間安静にしとかなくっちゃいけないんだ。もう少しいいかな?」
「う、うん。他には誰も居ないから」
「ありがとう……この街なら大丈夫だと思って越してきたんだけどね……真っ当そうに見えるのは表面だけ。十六歳以上で純潔な子なんて、ほとんど居やしない」
「そんなに、Hしまくってはいないと思いますよ……」
「処女でもね、いろいろ健康食品やら、サプリメント使ってたりするとダメなんだ」
「そうなんだ」
「それと、除菌剤とか空気清浄機とかね……あれもダメ。ほら、むかし塩って専売公社の独占で100%NACLだったじゃない。あれって、ミネラルとかなくって、本来の塩とは呼べないものだったんだよ」
「ああ、なんだか分かる気がする。うちはそんなの使ってないし、塩だって赤穂の塩つかってるし」
「今時めずらしいお家だって感心してたんだよ。でも、お隣だろ。奈月くんには手を出さないでおこうって、こいつと、いつも言ってたんだ」
そのとき、奥さんが「う~ん」と伸びをして起きあがった。まるで生きてるリカちゃん人形。
「あ、気が付いたんだ。やっぱ奈月くんの血は効き目が違う!」
「200CCぐらいでよかったら、毎日でもどうぞ」
「ありがとう、奈月くん」
「だめよ、それは」
奥さんの声は、小さくなったせいか初音未来みたいに甲高い声だった。
「輸血してもらって分かったの。あたしたちが頂いて良いような血じゃないわ」
「だって、こんなに具合が……」
「良すぎるの……」
奥さんは、旦那さんに耳打ちした。
「え、そうだったのか……これは失礼した。ボクたちは、他の街を探すよ」
或角さんは、そう言うと奥さんといっしょに窓から飛び出した。
「待って!」
追いかけて、窓から外を見ると、大きいのと小さいのと二匹のコウモリが、遠くへ飛び去っていった。
また、隣が空き家になった。アソコのひび割れは、もう無くなってしまった。
あたしは、お父さんの勧めで、えごま油や菜種油も飲むようになった。
「これ、本当に体にいいね」
「だろう。お父さんの家の秘伝だからね」
「……あ」
「なんだい?」
「なんでも」
あたしは思い出した。お父さんは養子で、旧姓を鍋島っていうんだった……。