やくもあやかし物語・72
今日は学校の入学式。
例年なら二年生の学級委員が在校生代表で参加する。参加すると、紅白のお饅頭がもらえるので、ちょっと楽しみにしていた。
紅白のお饅頭なんて、いつでも買えるし、値段だってしれてるんだけど、式に参列した証に学校からもらえるとなると、ちょっと特別な感じがする。
でもね、コロナが第四波のピークだとかで、在校生の参加は無くなってしまった。
昨日は小学校の入学式だった。
中学になって転校してきたので、この市(まち)の習慣は分からない。
自転車で散歩に出たら、小学校の校門に入学式の看板が出ていたので、中学とは日にちが違うんだと思った。
「なんでかな?」
牛乳を飲みながらお爺ちゃんに聞いてみる。
「そりゃ、兄弟で小学校と中学の入学式が重なったら、困る親が出てくるだろ」
温めたコーヒー牛乳を飲みながらお爺ちゃん。
「あ、そうか」
納得しかけたら、お婆ちゃんが意見を言う。
「ただの習慣でしょ。小学生と中学生の新入生がいる家なんかめったにありませんよ」
「でも、めったにはあるんだから、配慮してるんじゃないかなあ」
「いいえ、ただの習慣。年度末に道路工事が増えるのと同じです」
「アハハ、そうかそうか」
お爺ちゃんは、笑って、それ以上の話にはしなかった。
入学式と道路工事はいっしょにはならないだろうと、わたしでも思う。
ひょっとしたら、お婆ちゃんは役所とかに思うところがあるのかもしれない。それを知っているから、お爺ちゃんは、あっさり引き下がった?
「やくもはコーヒー牛乳でなくてもいいのか?」
話題を変えようとしたのか、先日のコーヒー牛乳のやり取りを憶えていたのか、わたしの牛乳を見咎める。
「うん、牛乳の方が発育にいいっていうし」
何気ない合いの手のような返事なんだけど、お爺ちゃんの視線が、わたしの胸に向く。
「あ、あ、そーいうことじゃなくって(^_^;)」
「昭介さん!」
お婆ちゃんが亭主を叱る。
「あ、いや、ちがうちがうよ、ねえ、お爺ちゃん(^_^;)」
ワタワタと手を振る、グラスをシンクに置いて「散歩行ってきまーす!」と玄関に。
その入学式を寿ぐような日本晴れ!
わたしは、名残の桜でも愛でようかと愛車のペダルを蹴った。
街の桜はほとんどがソメイヨシノ。
ソメイヨシノは接ぎ木とか挿し木とかで増えていくので、みんなクローンなんだそうだ。
それでも個性はあるみたいで、大半のソメイヨシノが散っても残っているのが居る。
そういうのを見て回って――がんばってるんだ――と、エールの交換をするんだ。
二丁目の坂を下る曲がり角。
曲がると、目の前をうちのセーラー服が二人歩いている。
ひとりは、ダブッとして白線もスカートのプリーツも初々しい新入生。
もう一人はピッタリサイズの在校生。
姉妹?
でも、在校生の参列は無くなったはず……?
追い越しざまにチラ見する。
あ、染井さん!?
染井さんは、旧正門の脇に立ってる桜の精。ときどき生徒の姿になって歩いている。
でも、現れるのは校内と学校の周辺だけで、こんなに遠くに現れることはない。
――坂を下って曲がったところで待ってて――
染井さんの思念が飛び込んできた。
「分かった」
言われた通り、角を曲がって片足ついて自転車を止める。
――実は、この子学校に行くのが怖くって家から出られなかったの。このままじゃ、入学式にも出られないまま不登校になりそうで、それでね、エイヤ!って、ちょっと頑張ってお迎えに行ったわけなの――
「そうなんだ……」
――ちょっと力使いすぎてるから、当分は人の姿にはなれないの。やくも、心配してくれてるみたいだから、事情だけは説明しとくね――
「そ、そうか……がんばってね」
――うん。先に行ってくれる。見えてる人が居ると、ちょっと力使いすぎるから――
「うん、分かった」
グン!
ペダルを踏み込むと、そのまま学校の前まで自転車を走らせる。
正門には『令和三年度入学式』の看板が置かれて、門柱脇の桜は二割ほど残った花びらをハラハラと散らせている。
通用門まで行ってみると、昨日まで半分くらい残っていた花が全部落ちてしまって、なんだか骸骨みたいになっている。
染井さん、あの子の為に全力出し切ったんだ。
ちょっと胸が熱くなる。
――気づいてあげてくれたのね、ありがとう――
振り向くと、銅像の愛さんが微笑んでいた。
開いていたら気づく人もいたかもしれないけど、安全のためなのか人手不足のせいか、通用門は締め切られたままだった。
「お饅頭届けてくださったわよ」
家に帰るとお婆ちゃん。
「え、だれが?」
「うん、インタホンで『係りの三年生です』って。出て見たら郵便受けに置いてあった」
きっと、染井さんだ……。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け