鳴かぬなら 信長転生記
鬼ヶ島とは鬼貸間。
漢字表記なら一目瞭然だが、ネオンサインは片仮名で『オニカシマ』、実に紛らわしい。
確かに、廊下の他は無数の貸間が続いているだけだ。
浦島太郎たちが夢中になった『漁師さま用貸間』、アッチャンとオモイカネが危うく取り込まれそうになった『単身神さま用貸し神社』、その他にも『お姫さま用』『王子さま用』『お百姓さま用』『職人さま用』『町人さま用』『冒険者さま用』『魔導士さま用』『錬金術師さま用』『司祭さま用』『NPCさま用』などの貸間が続き、中には『 さま用』と、まだ入居者の属性を絞り込めていない貸間も続いている。
その貸間群は平面上だけではなく、階段や武者走(戦闘用キャッツウォーク)によって、別の曲輪に繋がり。巨大な三次元ラビリンスを構成している。
大半の貸間は空き部屋のようで、人の気配がなく。まだ、出来て間がない感じの城内は建材や塗装のにおいが初々しい。
それでも、曲輪を進むにつれて気配が増してくる。
しかし、それは部屋では無くて、曲輪の結節点。城門の枡形や櫓、武者溜に蟠っている。
なるほど。
城内のラビリンスで迷わせ、憔悴させたあとで一気に返り討ちにしようという腹なのだ。
こういう城攻めは得意ではない。
やるとしたら時間をかけた兵糧攻めを主とした攻城戦だ。
ただし時間がかかる。
稲葉山城や小谷城はともかく、石山本願寺は十年もかかった。やっと手に落ちたところで本能寺だ。俺は本願寺の跡に大坂城を建てるつもりだったが、縄張りの絵図面も出来ぬうちに死んでしまい、サルめが、俺のアイデアと遺産を引き継いで天下を取ってしまいおった。
今度の戦いは、あくまでも御山のアマテラスから素戔嗚(すさのお)が化身した桃太郎をどうにかしろという依頼だ。
この依頼をこなすことで、茶姫の処遇、いや、茶姫が幸せになる道を聞き出すことだ。
茶姫は、転生学院で心身の傷を癒している。
早晩、その傷も癒える。
傷が癒えれば茶姫の心は三国志に戻るだろう。グズグズしてはおれん。
茶姫の救済は、我が妹、市の宿願でもあるのだからな。
『敵の数は、およそ二千じゃ』
勾玉の思金(おもいかね)が胸元で囁く。
「なにか策はあるか?」
天照大神のブレーンだ、ただ敵の数を言うだけではないだろ。草薙剣のあっちゃんも耳を傾ける。
『草薙剣があるじゃろ』
『え、わたし!?』
『断じて行えば鬼神もこれを避ける』
なんだか神風特攻隊みたいなことを言う。
『二千と言っても、全速で駆けて行けば相手をするのは二十と言ったところじゃ、遮二無二駆ければ、それにも隙ができる。桶狭間を思い出せ、熱田大神も正念場と心得て力を発揮してくれ』
『仕方が無いわねえ……』
え?
腰の草薙剣から光が伸びて、目の前でボディースーツに拳銃を構えた女性コマンドになった。
瞳とお揃いのパープルの髪は、ウルフヘアで、いかにも精かんだ!
『あ、ただ名前の語呂で作ったアバターだからね、本体は剣、頑張るのは信長! いくぞ!』
思わず「少佐!」と呼びそうになる。
『このアバターは熱子(あつこ)と呼び捨てにしてくれ』
「承知!」
石垣や櫓の死角を拾い、あるいは敵の注意をそらして本丸を仰ぐ石垣の陰に至る。
『敵の気配は大半が浦島太郎じゃ』
「思金もそう見たか、熱子は?」
『あの引きこもり、取り込まれてしまっている』
『気に入った様子じゃったからの』
「本丸を固めている兵は1000を超えるぞ、浦島太郎は600しか居ないだろう」
『なかなか、奴の引きこもりも根が深いようじゃ』
増殖したか、あるいは、600の浦島太郎の陰に隠れて、より業の深い奴がいたか……だとしたら、奴の引きこもりは600年どころではない。
『熱子、おまえは、このまま搦手から侵入してかき回してくれ』
「熱子一人でだいじょうぶか?」
『勢いで作ったアバター、実体は無いのよ。ほら……』
熱子が伸ばした手は俺の胸を突き抜けてしまった。
『草薙剣そのものが天照大神のアバターみたいなものだけど、これには力が籠められている。励みなさい』
「お、おう」
次の瞬間、熱子は空を飛んで搦手の門をすり抜けた。
浦島太郎たちの狼狽える声が上がって、俺と思金は隙を探るべく本丸の正面方向に向かって走った。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)