鳴かぬなら 信長転生記
城の大手門は南西にあったが、本丸の表門は北東にある。
北東は丑寅の方角であり、古来不浄の方位と云われ、城であろうと館であろうと表門を構えることは禁忌とされる。
『丑寅に表門を構えるとは、鬼とは申せものを知らぬな』
思金(おもいかね)が憐れむ。
「丑寅は鬼門と言うではないか。それに、大手からは正反対。間には迷路のように貸間が続いて妨げになっている。防御の構えとしても間違ってはおらん」
『さすがは信長、縁起や吉凶には無頓着じゃ』
「それに、アッチャン、いや草薙熱子も面目躍如のようだぞ」
本丸方向からは、鬼の傀儡と化した浦島太郎たちの怖れの声と悲鳴がかまびすしい。
3D映像のような熱子には何を仕掛けても無効だ。
切ろうが突こうが蹴り倒そうが、手ごたえがあるはずもない。
それどころか、なまじ大勢で仕掛けては味方の矢玉に倒れる者も出る。なんせ実体が無いのだ、熱子の体を突き抜けた槍や刀や矢が反対側の味方に当る。恐怖と混乱の中、同士討ち同然になっているのが本丸の堀端を走っていても分かる。
おお!?
鬼門にたどり着くと、事態は予想を超えていた。
鬼門はすでに開き、隙間から浦島太郎たちがまろび出て丑寅の方角に遁走し始めている。
『おお、熱子の数が増えておる!』
「……違うな」
『なぜじゃ、ざっと見ても五六人の熱子が見えるぞ』
「左上を見ろ」
『左上?』
視界の左上に二桁の数字が映りこんでいて、30~36の値でチラチラと上下している。
『なんじゃ?』
「鬼貸間のfpsだ」
『エフピーエス?』
「"frames per second"」
『ますます分からん』
「動きが早い。120fpsほどでなければアッチャンの動きは連続しては映せないんだ。俺たちもスピードを上げるぞ!」
『お、おお!』
速度を上げると、あっという間に鬼門の前に出てしまった。
ウワアアアアアア! アワワワワ!
文字通り浦島太郎どもは浮足立って、大方が逃げ散って、それを掻きまわすように熱子が追いかける。
鬼門を潜って踏み込むと、本丸はもぬけの殻。
あちこちに夜戦を覚悟して据えられたかがり火がパチパチと音をさせて燃えているだけだ。
今度は俺が戸惑う番だ。
天守や櫓、逆茂木や盾の後ろに気を飛ばすが、まるで気配が無い。
二の丸から見上げた本丸には慌てふためく浦島太郎たちに紛れて、確かに鬼の気配があった。
さすがに頭目だけあって、その気配は根性なしの家康ならウンコを漏らしただろうぐらいに強烈だった。
万一漏れたら「これは味噌じゃ(;'∀')」……いや「これはカレーじゃ(^_^;)」……さすがに、これは無し!
こめかみを汗が伝い落ちる。
『……その大かがり火の傍に寄れ』
思金が鳩尾の骨を伝って囁く。
『背後の地面に映る影に、跳躍して、この儂を投げつけよ』
それまでの頼りないスケベジジイではなく、凛とした男神の声だ。
天照大神でさえ、危急の時には耳を傾けたと言われる高天原の御意見番の声だ。
セイ!
振り向きざま、跳躍しつつ後ろを向き胸の勾玉を投げつけた。
グエ!
すると、影は忽ちのうちに立ち上がって鬼の姿を現した。
勾玉が左目に当ったのか、鬼は左手で目を庇いながらも憤怒の右目で睨み据え、腰の太刀に手をかけた……。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)