やくもあやかし物語 2
天の川の川岸では二群れの人だかりがにらみ合っていた。
川を渡ろうとする旅人や村人たち、それと、それを拒む役人の人たち。
「ああ、なんかヤバイ感じ……」
「そう見えるだろ」
頭の上でネルが反対を言う。
「え、ちがうの?」
「ああ、額田王が言っていた。本気で川を渡りたい者は数えるほどしかいないって」
「え、そうなの!?」
「ああ、額田の姐さんに言われなきゃ、あたしでも気が付かないとこだけど。あらかじめ知っていたら、そうなんだって気がする」
「そうなの?」
「旅人たちのリュックやポーチ、大きさの割には重そうに見えないだろ」
「え……ああ」
「フフ、わたしは聞いていないけども、わかったわよ」
「え、御息所も?」
「地元の者には困惑が無いし、旅人たちの目には覚悟の光が無い」
「旅をするのに覚悟がいるの?」
「要るわよ、娘が斎宮になって伊勢に付いて行くとき、どれだけの覚悟が要ったことか」
わたしは、ギュっと胸に抱えた花かごを抱きしめたよ。
額田王は――花かごを見せれば渡れるから――と言っていたんだけど、この河原の雰囲気には、ちょっと腰が引けてしまうよ。
河を渡す渡さないで揉めているんだったら、ま、それはそれで怖いけど、水戸黄門の印籠みたいに花かごを見せてサッサと渡る。
みんなが渡れないでイジイジ焦れてるとこをサッサと渡っちゃうのは気が引けるけど、こっちにも奪われたキーストーンを取り返すと言う崇高で恥じることのない理由があるんだからね。渡ってしまえば、きっと平気になれる。
それどころか、川の向こうにお役所があるなら「他の渡りたい人たちも通してあげるべきですよ!」くらいは苦情を言ってあげる。
「出先機関の我々に言われても困る!」とか言い訳言ったら「じゃあ、帰りにもう一度ここに寄って上の方に掛け合ってあげる!」くらいは言う。
でもね、村人や旅人には――どうしても渡りたい!――って気迫を感じないし、お役人たちにも――どうしても渡さない!――って職業的な義務感を感じない。
両方とも――あ、昔からこうやってるからやってますから――みたいな感じ。あるいは、この川岸では『渡りたい旅人たちと村人たちVS渡さない役人たち』っていうシーンを撮っている最中。ここにいるみんながエキストラだから、本当に渡っちゃう人間が出てきたら何もかもぶち壊しで、どこかでこのシーンを撮っている監督が「カットおおおお!」なんて怒るような気がしてる。
「グズグズしてたら、そのうち、やくもにも子供や孫ができて――なんで川を渡ろうとしてるんだ――って、ううん――なんで不思議がってるんだって佇むことになるかもしれないわよ」
御息所がシュールなことを言う。
ペシペシ
「さっさと渡ろう!」
ネルがホッペを叩いて宣言する。
「すみません、この花を向こう岸の織姫さんに届けに行きますから渡してください」
「え、なんだって……?」
役人の代表が間抜けな驚き方をする。旅人や村人もザワザワしだすし。
「額田王のお許しも得ておるぞ」
「これが、そのお花だ」
御息所とネルが押してくれて、役人は後ずさった。
「分かってもらえたかしら?」
「いや、確かに分かった。渡ってもらってもいいが、どうやって渡るつもりだ?」
え(゚д゚)?
天の川に橋も渡し舟も無いことに初めて気づいた……。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王