オフステージ(こちら空堀高校演劇部)41
「……臭いはしませんね」
沈黙を破って千歳が呟いた。
返ってきたトランクは、空気を十分に抜いていない布団圧縮袋みたいな厚めのビニール袋に入っていた。
「臭いがうつらんためやろ」
「うつったら他の鑑識業務の妨げになるだろーね」
「アメリカで聞いたことあるわ、かつお節のパックが元らしいよ。匂いも風味も逃がさへんから車のガソリンタンクに応用されて、冷蔵庫のストックパックなんかにも使われてるんやて」
「そやけど邪魔やなあ」
仮部室のタコ部屋は教室の半分もなく、返って来たトランクはテーブルの上に鎮座している。
「荷物整理して収まるようにしましょうか」
壁面に沿って無造作に積まれた荷物の山を指して、千歳が提案する。
「整理すると、またゴミが出そうだけど」
「快適空間の確保が第一ですうー」
「せやな、くつろげる場所の確保が第一やもんな」
「「「うん!」」」
演劇部の主題は『心地よい高校生活』である。
啓介は昼休みと放課後をウダウダ過ごすため。
千歳は、空堀高校でがんばったけど、やっぱり駄目だったというアリバイを作るため。
須磨は、六年間幽閉されている生活指導のタコ部屋から脱出するため。
ミリーは、解体されていく部室棟(ひい祖父さんの若き日の作品)を静かに観察するため。
三者三様の動機であるが、真っ当な部活動などしたくもないし快適な住空間が必要という点で一致している。
「でも、須磨先輩って、元々のタコ部屋にいるのに平気なんですか?」
廊下に待機して、出てきたゴミの袋詰めをしながら千歳が聞く。
「うん、一人じゃないしね、それに指導されてここに居るんじゃなくて、自主的な部活だから、全然違うよ」
「それ分かりますう! 授業中の教室はウットシイけど、昼休みとかは嬉しいもんね!」
「ミリーも日本人の感覚になってきたんやなー」
「啓介、そこは、もう一段積んで」
「あ、こう?」
「そう、そうしたら横が空くからトランク収まるよ」
「その横も詰めたら楽勝ですよ」
「あー、それて全面積み直しになる」
「そうだよね」
「このままいってしもてええんちゃうかなあ」
「「「うん」」」
四人の意見が一致して、啓介は「んこらしょ!」とトランクを収めた。
「じゃ、ゴミ捨てに行こうか」
「千歳、いくつある?」
「四つです」
「じゃ、行ってしまおうか、グズグズしてたら雨降りそうや」
千歳は車いすの膝の上に、三人はそれぞれ一袋を持ってゴミ捨て場に向かう。
グータラな演劇部だが、それなりの仲間意識が生まれて呼吸が合ってきたようだ。
「よし、ほんなら部室に帰ってお茶でもしよか!」
四つのゴミ袋を所定のゴミ捨て位置に収め、四人は部室に向かう校舎の角を曲がった。
「あれ、なんだか騒々しいですよ」
部室の有る校舎の方が騒がしい。
「なんだか、虫が湧いたときの感じ……」
須磨の呟きに三人も嫌な予感がした。
「ちょっと、あんたたちーーーー!!」
生徒会副会長の瀬戸内美晴が血相を変えて詰め寄って来た!