この二句:
蘭陵の美酒 鬱金の香、
玉碗に盛り來たる 琥珀の光。
四君子の一つ“蘭”、香草ウッコンの香り、玉の杯に注がれて琥珀の色、……と 字面・音の響きを見・聞きするだけで旨酒が想像され、唾が流れ出てきます。李白の詩「客中行」の起・承句です。まずは下記の詩をご鑑賞下さい。
蘭陵のお酒が“美酒“たる所以は、その独特な作り方にあるのでしょうか。その驚きの作り方については、後に記します。
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客中行。 李白。
蘭陵美酒鬱金香、 蘭陵(ランリョウ)の美酒 鬱金(ウコン)の香、
玉碗盛來琥珀光。 玉碗(ギョウクワン)に盛(モ)り來(キタ)る 琥珀(コハク)の光。
但使主人能酔客、 但(タ)だ主人をして能(ヨ)く客を酔わ使(シ)めば、
不知何処是他郷。 知らず何(イズ)れの処(トコロ)か是(コ)れ他郷(タキョウ)。
註]
客中行:旅をしている時の歌;“中”は“~している時”、“行”は詩歌の意味
蘭陵:現山東省棗荘市付近
鬱金香:チューリップの意味もある;ここでは香草の鬱金の香
<現代語訳>
旅先での作
蘭陵の美酒は鬱金の芳しい香りがし、
玉の杯になみなみとつがれて、琥珀色に光輝いている。
ただ主人が客人を充分に酔わせてくれると、
異郷であれ 故郷に居ると同じ思いで、異郷・故郷の違いはないのだ。
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この詩は、李白が30代半の頃、山東省の辺りを旅した時の作とされています。故郷を離れてほぼ10年、故郷が恋しくなる頃ではなかったでしょうか。
店の主人から旨酒の快いもてなしを受け、旅にあることを忘れさせてくれた と喜びと感謝の気持ちが述べられているように思われます。
詩に詠われた蘭陵の美酒とは、いわゆる“白酒”(蒸留酒)の一種ですが、その製法は驚きです。その独特な造り方とは? 以後、本稿で話題となるお酒に関する記述の理解にも役立つと思われるので、まずここで一般的な酒造りの概要に触れておきます。
酒造り過程の本質は、○原料中のデンプンをブドウ糖に分解し、○次いで、ブドウ糖をアルコールに変換、○それを飲める形にする、と言えようか。具体的には、1. 麹(コウジ)、2. 酛(モト)、3. 造り、これら3段階を経てアルコール生成が完了する。
1) 麹(デンプン→ブドウ糖):蒸した米、麦などの原料に麹カビを植え付け、発酵させる。麹カビとしては、分離培養された黄麹カビや黒麹カビなど、日本酒や焼酎などの酒の種類によって使い分けられている。
2) 酛(モト):1) の麹に水、酵母(ブドウ糖→アルコール)を加える。これを酛または酒母と呼ぶ。
3) 造り(デンプン→ブドウ糖→アルコールの多量生成):酛にさらに蒸した原料、水、麹および酵母を加え(仕込み)、ゆっくりと発酵させると“もろみ”ができる。以後、“もろみ”を搾る(日本酒など)または蒸留(焼酎など)して、飲める形にする。
以上の過程で、一般的に、原材料含め水、麹カビや酵母は、厳密に吟味された材料が使われ、また各段階での発酵条件も厳しく管理された環境下で進められる。
そこで蘭陵の美酒の“驚きのお酒造り”を覗いて見ます。なおこの部分は、「アジア酒街道を行く#009」(酒文化研究所 山田聡明)を参考にしました。そのURLは、参考として最後に示しました。
1) 麹を造る:大麦、小麦、エンドウなどを粉砕、水を加えて混ぜ、形を整える。これを暖かい部屋に放置して、クモノスカビ、酵母、乳酸菌などを繁殖させる。これは餅麹(モチコウジ)または麯(qū、漢字の日本読みは“キク”)と呼ばれる。
2) 仕込み:原料(蒸した高粱)に麯を混ぜ、窖池(コウチ)にいれ、土をかぶせて土中で発酵させる。窖池とは縦横3m×2.2m、深さ1.5mほどの穴倉である。
3) 数週間経つと、アルコールを含んだ“もろみ”となる。“もろみ”を穴倉から掘り出して、蒸留の段階に進む。注意を引くのは、できた麹も“もろみ”も固体の状態なのである。
4) 蒸留:窖池(穴倉)から掘り出した“もろみ”に もみ殻や落花生の殻を混ぜて、蒸し器・蒸篭(セイロ)に入れる。下でお湯を沸かして蒸気を発生させ、その蒸気でアルコ-ルを取り出す。もみ殻や落花生の殻は、水蒸気の通りを良くするためである と。
一見、原始的に見えるが、土の中で良いお酒ができるよう“自然による管理(?)”がなされているらしい。それを実現するノウハウは、長年の経験を通して蓄積されているのであろう。古い窖池は、“老窖”と呼ばれて、有益な微生物が多く住んでおり(?)珍重されるという。
工場では、窖池が100か所以上あるという。土地の広い中国ならではの製法とも言えるでしょうか。また蘭陵のお酒は、春秋時代から名を馳せていたようですから、3,000年前後の歴史があり、やはり“中国”を感じます。
終戦後間もなく、小学校4,5年の頃、我が家で焼酎を造ったことがあり、その蒸留の段階でお手伝いをした経験がある。後年に判明したことであるが、いわゆる“密造”である。人目・人鼻を避けて、蒸留は夜半に始まり、夜明け前には終わる作業であった。
蒸留装置の天辺には大きな鍋が設置してあり、蒸気を冷却するための水で満たしてある。水は、常に“冷たい”状態に保つために頻繁に交換する必要がある。当時水道はなく、井戸から釣瓶を使って汲み上げ、バケツで運ぶのである。それが筆者の仕事であった。
李白の詩の話題に戻ります。上記のように、土の中で生まれたお酒には独特な芳ばしさがあるように思われます。詩中“鬱金の香”の表現は、このようなお酒そのものの“芳ばしさ”を“鬱金の香”に例えて言ったようにもみえる。
あるいは香草の鬱金を漬けて香りを和ませたお酒でしょうか。鬱金は、黄色の染料としても使われていたようなので、琥珀色に輝いて見えるのもその所為であろうか。色、味、香り,...ちょっと味わってみたいお酒ではあります。
蘭陵の美酒 鬱金の香、
玉碗に盛り來たる 琥珀の光。
四君子の一つ“蘭”、香草ウッコンの香り、玉の杯に注がれて琥珀の色、……と 字面・音の響きを見・聞きするだけで旨酒が想像され、唾が流れ出てきます。李白の詩「客中行」の起・承句です。まずは下記の詩をご鑑賞下さい。
蘭陵のお酒が“美酒“たる所以は、その独特な作り方にあるのでしょうか。その驚きの作り方については、後に記します。
xxxxxxxxxxx
客中行。 李白。
蘭陵美酒鬱金香、 蘭陵(ランリョウ)の美酒 鬱金(ウコン)の香、
玉碗盛來琥珀光。 玉碗(ギョウクワン)に盛(モ)り來(キタ)る 琥珀(コハク)の光。
但使主人能酔客、 但(タ)だ主人をして能(ヨ)く客を酔わ使(シ)めば、
不知何処是他郷。 知らず何(イズ)れの処(トコロ)か是(コ)れ他郷(タキョウ)。
註]
客中行:旅をしている時の歌;“中”は“~している時”、“行”は詩歌の意味
蘭陵:現山東省棗荘市付近
鬱金香:チューリップの意味もある;ここでは香草の鬱金の香
<現代語訳>
旅先での作
蘭陵の美酒は鬱金の芳しい香りがし、
玉の杯になみなみとつがれて、琥珀色に光輝いている。
ただ主人が客人を充分に酔わせてくれると、
異郷であれ 故郷に居ると同じ思いで、異郷・故郷の違いはないのだ。
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この詩は、李白が30代半の頃、山東省の辺りを旅した時の作とされています。故郷を離れてほぼ10年、故郷が恋しくなる頃ではなかったでしょうか。
店の主人から旨酒の快いもてなしを受け、旅にあることを忘れさせてくれた と喜びと感謝の気持ちが述べられているように思われます。
詩に詠われた蘭陵の美酒とは、いわゆる“白酒”(蒸留酒)の一種ですが、その製法は驚きです。その独特な造り方とは? 以後、本稿で話題となるお酒に関する記述の理解にも役立つと思われるので、まずここで一般的な酒造りの概要に触れておきます。
酒造り過程の本質は、○原料中のデンプンをブドウ糖に分解し、○次いで、ブドウ糖をアルコールに変換、○それを飲める形にする、と言えようか。具体的には、1. 麹(コウジ)、2. 酛(モト)、3. 造り、これら3段階を経てアルコール生成が完了する。
1) 麹(デンプン→ブドウ糖):蒸した米、麦などの原料に麹カビを植え付け、発酵させる。麹カビとしては、分離培養された黄麹カビや黒麹カビなど、日本酒や焼酎などの酒の種類によって使い分けられている。
2) 酛(モト):1) の麹に水、酵母(ブドウ糖→アルコール)を加える。これを酛または酒母と呼ぶ。
3) 造り(デンプン→ブドウ糖→アルコールの多量生成):酛にさらに蒸した原料、水、麹および酵母を加え(仕込み)、ゆっくりと発酵させると“もろみ”ができる。以後、“もろみ”を搾る(日本酒など)または蒸留(焼酎など)して、飲める形にする。
以上の過程で、一般的に、原材料含め水、麹カビや酵母は、厳密に吟味された材料が使われ、また各段階での発酵条件も厳しく管理された環境下で進められる。
そこで蘭陵の美酒の“驚きのお酒造り”を覗いて見ます。なおこの部分は、「アジア酒街道を行く#009」(酒文化研究所 山田聡明)を参考にしました。そのURLは、参考として最後に示しました。
1) 麹を造る:大麦、小麦、エンドウなどを粉砕、水を加えて混ぜ、形を整える。これを暖かい部屋に放置して、クモノスカビ、酵母、乳酸菌などを繁殖させる。これは餅麹(モチコウジ)または麯(qū、漢字の日本読みは“キク”)と呼ばれる。
2) 仕込み:原料(蒸した高粱)に麯を混ぜ、窖池(コウチ)にいれ、土をかぶせて土中で発酵させる。窖池とは縦横3m×2.2m、深さ1.5mほどの穴倉である。
3) 数週間経つと、アルコールを含んだ“もろみ”となる。“もろみ”を穴倉から掘り出して、蒸留の段階に進む。注意を引くのは、できた麹も“もろみ”も固体の状態なのである。
4) 蒸留:窖池(穴倉)から掘り出した“もろみ”に もみ殻や落花生の殻を混ぜて、蒸し器・蒸篭(セイロ)に入れる。下でお湯を沸かして蒸気を発生させ、その蒸気でアルコ-ルを取り出す。もみ殻や落花生の殻は、水蒸気の通りを良くするためである と。
一見、原始的に見えるが、土の中で良いお酒ができるよう“自然による管理(?)”がなされているらしい。それを実現するノウハウは、長年の経験を通して蓄積されているのであろう。古い窖池は、“老窖”と呼ばれて、有益な微生物が多く住んでおり(?)珍重されるという。
工場では、窖池が100か所以上あるという。土地の広い中国ならではの製法とも言えるでしょうか。また蘭陵のお酒は、春秋時代から名を馳せていたようですから、3,000年前後の歴史があり、やはり“中国”を感じます。
終戦後間もなく、小学校4,5年の頃、我が家で焼酎を造ったことがあり、その蒸留の段階でお手伝いをした経験がある。後年に判明したことであるが、いわゆる“密造”である。人目・人鼻を避けて、蒸留は夜半に始まり、夜明け前には終わる作業であった。
蒸留装置の天辺には大きな鍋が設置してあり、蒸気を冷却するための水で満たしてある。水は、常に“冷たい”状態に保つために頻繁に交換する必要がある。当時水道はなく、井戸から釣瓶を使って汲み上げ、バケツで運ぶのである。それが筆者の仕事であった。
李白の詩の話題に戻ります。上記のように、土の中で生まれたお酒には独特な芳ばしさがあるように思われます。詩中“鬱金の香”の表現は、このようなお酒そのものの“芳ばしさ”を“鬱金の香”に例えて言ったようにもみえる。
あるいは香草の鬱金を漬けて香りを和ませたお酒でしょうか。鬱金は、黄色の染料としても使われていたようなので、琥珀色に輝いて見えるのもその所為であろうか。色、味、香り,...ちょっと味わってみたいお酒ではあります。
ウコンは、色だけでなく香りもカレーと似ていると思うので、この蘭陵のお酒はかなり個性的なお酒なのでは???と思いますが。
中華料理でウコンを使う、という認識は無かったのだけど、最近買ってみた冷凍の「中華野菜ミックス」がウコン味付けで、これって中華で使う香辛料なんだ!と最近知った次第。
この李白の詩を見て、やはり中国で昔から使う香辛料なんだ、と納得しましたわ。