【本帖の要旨】夏の盛り、源氏が夕霧と釣殿で涼をとっていると、内大臣家の若者たちが現れた。彼らから最近内大臣が引き取った外腹の娘、近江の君の出来が悪く一家が閉口していることを聞きます。
黄昏時、源氏は、西の対の玉鬘を訪ね、近くにあった和琴を取り、弾くとともに父・内大臣が第一の名手であると言う。玉鬘は、いつの日にか、父親の爪音が聞けることを思う。
前の庭の垣に添えて植えられた美しい撫子に目をやり、源氏は、昔、内大臣があなたの話をされたのも、つい最近のことのような気もします、と言いながら歌を詠む:
なでしこの 常なつかしき 色を見ば
もとの垣根を 人や尋ねん (光源氏)
あなたのお母さん(夕顔)のことでやましい点があって、ついお父さんに報告することが遅れてしまうのです、源氏は言い添えた。
源氏は、玉鬘に惹かれ、恋心を募らせるのであるが、現実の自分の立場や、玉鬘の幸せを考えると、髭黒の大将か蛍兵部卿の宮に結婚を許そうかとも考える。
内大臣は、この春みた夢を夢占いに解かせると、「長い間忘れていた子で、人の子になっている方の報告はありませんか」とのことであった。そのことが、世の噂となり、「縁故のあるもの」だと名乗ってきたのが近江の君であった。
近江の君は、引き取ったものの、行儀、作法、もののいいようも知らないのである。三十一字の初めと終わりの一貫していないような歌を早く作って見せるくらいの才はあり、そう頭の悪いのでもなかったが。ほとほと手を焼く内大臣は、弘徽殿の女御に行儀見習いを頼むことにする。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
なでしこの 常なつかしき 色を見ば
もとの垣根を 人や尋ねん (光源氏)
[註]○常なつかしき:“とこなつ”と“なつかしい”に掛ける。
(大意) 撫子の姫君の、懐かしい常に変わらぬ美しい姿を見れば、(父は)
もとの垣根(母親・夕顔)のことを尋ねるに違いない。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
尋問出自 出自(シュッジ)を尋問(ト)う [上平声十一真韻]
美姬紅瞿麦, 美姬(ビキ) 紅瞿麦(ナデシコノハナ),
夢幻妙通神。 夢幻(ムゲン) 妙(タエ)なること神に通ず。
人看汝姿態, 人 汝の姿態(スガタ)を看(ミ)るなり,
乍尋斯母親。 乍(タダチ)に斯(ソ)の母親を尋ねん。
[註] ○紅瞿麦:撫子のはな。
<現代語訳>
出自を問う
美しき姫君、撫子の花、
夢幻の如き、妙なること神に通ず。
人が貴方の姿を見たら、
直に、あなたの母親について尋ねることでしょう。
<簡体字およびピンイン>
寻问出自 Xúnwèn chūzì
美姬红瞿麦, Měi jī hóng qú mài,
梦幻妙通神。 mènghuàn miào tōng shén.
人看汝姿态, Rén kàn rǔ zītài,
乍寻斯母亲。 zhà xún sī mǔqīn.
ooooooooo
曽て、雨夜の女定めで、頭中将(現内大臣)は、心より愛し、一子を設けていた女性(夕顔)が、「折々には訪ねきて“撫子の露”に情けをかけて」と、書き遺して姿を消したことを話題にしていた(二帖 帚木、閑話休題380)。その後、源氏は、夕顔と一夜をともにするが、夕顔は、物の怪に憑かれて亡くなる(四帖 夕顔、閑話休題385)。このような背景があって、源氏は、玉鬘を父・内大臣に報告するのに躊躇している、その思いの歌である。
玉鬘は次の歌を詠い、泣き出した:
山がつの 垣ほに生いし 撫子の もとの根ざしを たれか尋ねん (玉鬘)
(大意) 田舎の垣根で育ったわたしの母のことまで だれが尋ねて
くれるでしょうか。
【井中蛙の雑録】
○二十六帖 光源氏 36歳の夏。
○「撫子」は別に「常夏(とこなつ)」の異名を持つ。これは撫子が秋の七草にも数えられるように、夏を越え秋にかけて花を咲かせることに由来すると。さて、今日の歌は「常夏」、いわゆる「玉鬘十帖」の中ほどにあたる。
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