【本帖の要旨】近江の君について、大騒ぎして迎えておきながら、今や世間に物笑いの材料を提供していると、内大臣の態度を源氏は非難する。玉鬘は、わが身に照らして、親とは言え、性格も知らぬまま、内大臣に接近することに不安を覚える。また玉鬘は、源氏の無理強いのない愛情を感じ、次第に源氏を慕うようになりますが、男女の関係に至ることはない。
初秋の夕暮れ、源氏は玉鬘を訪れ、断ち切れぬ思いを庭の篝火の煙によそえて訴えるのでした:
篝火に立ち添ふ恋の煙こそ
世には絶えせぬ焔なりけり
源氏は世間から悪い評判が立たないように乱れる心を抑え、玉鬘のもとから帰らなければなりません。「さあ帰ろう」と、御簾から出ると、東の対の方で、十三弦の琴に合わせて笛の音が聞こえてきた。声を掛けると、夕霧、柏木、弁少将ら3人の公達が揃ってきた。
夕霧の笛、柏木の琴、弁少将が拍子を打つ合奏を、玉鬘は御簾の内で聞いた。血の繋がった人たちであったが、柏木および弁少将は、そんなことは夢にも知らないのである。
合奏が始まる前に、源氏が「今夜は私への盃は控えてくれ。青春を失った者は酔い泣きと一緒に過去の追憶が多くなって取り乱すだろうから」と言うのを姫君も身に沁みて聞いた。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
篝火に立ち添ふ恋の煙こそ
世には絶えせぬ焔なりけり (源氏)
(大意) この篝火とともに立ちのぼる恋の煙こそは、いくつになっても
燃え尽きることのない私の恋の炎だったのです。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
不断恋情 断えざる恋情 [下平声一先韻]
篝火上升煙, 篝火(カガリビ)から上升(タチノボ)る煙,
応知余念連。 応(マサ)に知るべし 余の念(オモイ)連なるを。
永遠決不断, 永遠に決して断(タエ)ることなく,
心中一直燃。 心中 一直(ズット)燃えている。
[註] ○一直:一貫して、ずっと。
<現代語訳>
絶えざる恋情
篝火から立ち上る煙、
我が胸の思いを表すものだ。
何時までも途絶えることなく、
胸の奥深く 篝火の下燃えのごとくに ずっと燃え続けているのだ。
<簡体字およびピンイン>
不断恋情 Bùduàn liànqíng
篝火上升烟, Gōuhuǒ shàngshēng yān,
应知余念连。 yīng zhī yú niàn lián.
永远决不断, Yǒngyuǎn jué bùduàn,
心中一直燃。 xīnzhōng yīzhí rán.
ooooooooo
源氏は、「いつまでもこの状態でいなければならないのでしょうか、苦しい下燃えというものですよ」と言って、上掲の歌を送り、想いを訴えました。これに対して、玉鬘は、“また奇怪なことがささやかれる”と思って、次の歌を返し、源氏の恋心を巧みに逸らします。
行方なき 空に消ちてよ かがり火の たよりにたぐふ 煙とならば (玉鬘)
(大意) そんな煙のような恋ならば、果てしない空にあとかたもなく消し
去ってください。
【井中蛙の雑録】
○二十七帖 光源氏 36歳の秋。
○このシリーズ、『源氏物語』54帖の丁度半ば、27帖に至りました。その“佳さ・面白さ”が漸う解りかけて来たかな と。
○曽て「……恰も酒飲みが、行きつけの店々をハシゴするように、光源氏が女の所を渡り歩くという物語に嫌気がさした……が、想いが変わりました。」と記しました。その心は、本居宣長が的確に説明しています:{……物語に不義の恋を書いているのも、その濁っている泥を愛でようとしてではなく、「もののあはれ」の花を咲かせようとするための材料なのだよ。……}(『源氏物語玉の小櫛:もののあはれの論』](古文, 古文現代語訳)
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