[三十五帖 若菜下-2 要旨] (光源氏 41歳春~47歳冬)
今は中納言となり衛門督を兼ねる柏木は、女三の宮の姉君・女二の宮を妻に迎える。しかし柏木は、先に垣間見た女三の宮への執着を断ち切れずにいる。源氏の不在に乗じて小侍従の手引きで六条院へ忍び入り、密通する。
源氏は、病に伏していた紫の上が俄かに息絶えた旨の報に接する。優れた修験僧を集め祈祷させると、物の怪が子供に憑りついて、大声を出し始める、と同時に、夫人は息を吹き返した。昔見たことのある、六条御息所の物怪であった。
紫の上の体調は徐々に回復し、暑い時分、髪を洗って爽快な気分となり横になっていた。庭の池では蓮の花が咲き、青葉には露がきらきら玉のように光っているのが見える。「こうして元気なあなたを見ることが出来るのは、夢のようだ」と源氏が、目に涙を浮かべて言うと、夫人は下の歌を詠い、源氏は、「いつまでもあなたとともに」と歌を返します。
消え留まるほどやは経べきたまさかに
蓮の露の掛かるばかりを (紫の上)
夏の終わり、女三の宮を訪れた源氏は、宮の懐妊を知って驚きます。柏木の恋文を発見して事の真相を知ることになる。自分と藤壷の宮との密事と思い合せる源氏は、その事情を知らぬ風で通す。却って柏木と女三の宮は懊悩し、柏木は病に倒れる。
延期が続いていた法皇(朱雀院)の五十の賀の試楽が行われ、病を押して出席した柏木は、酒席で源氏からそれとなく皮肉られて、病はさらに重くなり、臥す。十二月の賀宴は、柏木不在のままで催された。
本帖の歌と漢詩
ooooooooo
消え留まる ほどやは経べき たまさかに
蓮(ハチス)の露の 掛かるばかりを (紫の上)
(大意) 蓮葉に留まる露が消えないで残っている間だけでも生きおおせるでしょうか、とは言え、私の命は、たまたまその露が消え残っているほどの儚いものですが。
xxxxxxxxxxx
<漢詩>
無常命数 無常の命数(サダメ) [上平声十三元韻]
蓮上沒消露玉繁, 蓮上(レンジョウ)沒消(キエノコ)る露の玉 繁(シゲ)し,
我能活否間露屯。 我 露の屯(トド)まる間 活(イ)き能(アタウ)や否や。
偶我命数真有定, 偶(タマタマ) 我が命数 真の定め有り,
是何如露所留存。 是(コ)れ何ぞ 留存(キエノコ)りし所の露の如(ゴト)からん。
[註] ○命数:運命、巡り合わせ; 〇留存:存在する、保存する。
<現代語訳>
儚い命
蓮葉に消え残る露が夥しい、私は この露が留まっている間、生きることができるであろうか。とは言え、たまさかに 私の命には定めが有って、何とそれは 消え残っている露と同じく儚いのであるが。
<簡体字およびピンイン>
无常命数 Wúcháng mìngshù
莲上没消露玉繁, Lián shàng méi xiāo lù yù fán,
我能活否间露屯。 wǒ néng huó fǒu jiān lù tún.
偶我命数真有定, Ǒu wǒ mìngshù zhēn yǒu dìng,
是何如露所留存。 shì hé rúlù suǒ liú cún.
ooooooooo
紫の上の歌に対して光源氏が返した歌:
契りおかむ この世ならでも 蓮葉(ハチスバ)に
玉いる露の 心へだつな (光源氏)
[註] ○露:水玉の“露”、と副詞の“少しも、まったく”と掛詞。
(大意) 今から約束しておきましょう この世ばかりかあの世においてまでも蓮葉に玉となっている露のように同じ蓮葉の上にいますこと つゆばかりも私の心を疑わないでください。
【井中蛙の雑録】
〇『蒙求』と『蒙求和歌』-6 『蒙求』日本での受容-①
『蒙求』の内容をもう少し覗いて見ます。先に触れた222「蒼頡制字」についての『蒙求』の記載:
≪史記。蒼頡、黄帝時人。観鳥迹作文字也。≫
最も短い記載の例であるが、項目によっては、100字以上の例もある。本例では、≪史記によれば、蒼頡なる人物は、黄帝時代の(伝説上の)人で、鳥の足跡を見て、文字を創案した≫との内容である。この例の内容から類推できるように、日本伝来後、日本においては、まず、幼童ばかりでなく、成人も含めて、i) 中国歴史・文化の学習の教材として活用されていたと想像される。平安時代当時、「勧学院の雀は蒙求をさえずる」と言われていた と。TVドラマ『光の君へ』で、まひろ が囀っていたように。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます