「老子」に見られる「兵法」に関する記述です。
(p208より引用) 善為士者不武。善戦者不怒。善勝敵者不与。善用人者為之下。是謂不争之徳、是謂用人之力、之謂配天。古之極。
(p208より引用) りっぱな武士というものはたけだけしくはない。すぐれた戦士は怒りをみせない。うまく敵に勝つものは敵と争わない。じょうずに人を使うものは人にへりくだっている。こういうのを「争わない徳」といい、こういうのを「人の力を利用する」といい、こういうのを「天とならぶ」ともいって、古くからの法則である。
この教えは、「百戦百勝は、善の善なるものにあらず」という孫子の教えと同じ趣旨と言えます。
ただ、「戦わずして勝つ」といっても、ちょっとニュアンスは違うように感じます。
「孫子」の場合は、外交であったり諜報であったり、直接的な軍事行動以外の具体的な手立てを駆使して「戦わず」して勝利を得るのですが、「老子」の場合は、「無為」の延長上での「不争」であるようです。
その他いかにも「老子」という教えを1・2ご紹介します。
まずは、最近は日本酒の銘柄の方が有名になった「上善如水」です。
「老子」に限らず、「水」は、洋の東西いろいろな教えのなかで「理想的な理法」として登場します。
(p35より引用) 上善若水。水善利万物、而不争。処衆人之所悪。故幾於道。
最高のまことの善とは、たとえば水のはたらきのようなものである。水は万物の生長をりっぱに助けて、しかも競い争うことがなく、多くの人がさげすむ低い場所にとどまっている。そこで、「道」のはたらきにも近いのだ。
もうひとつ、「老子」らしい逆説による教えの章です。
(p114より引用) 知人者智、自知者明。勝人者有力、自勝者強。
知足者富。強行者有志。不失其所者久。死而不亡者寿。
(p113より引用) 他人のことがよくわかるのは知恵のはたらきであるが、自分で自分のことがよくわかるのは、さらにすぐれた明智である。他人にうち勝つのは力があるからだが、自分で自分にうち勝つのは、ほんとうの強さである。
満足することを知るのが、ほんとうの豊かさである。努力をして行ないつづけるのが、目的を果たしていることである。自分の本来のありかたから離れないのが、永つづきすることである。たとい死んでも、真実の「道」と一体になって滅びることのないのが、まことの長寿である。
老子―無知無欲のすすめ 価格:¥ 1,008(税込) 発売日:1997-04 |