瀬戸内寂聴さんの著作は一冊の本になっているものとしては読んだことがないのですが、単発のエッセイを拝読したり、マスメディア等に登場してあれこれお話ししている姿は時折見かけたりしていました。また、30年以上前ですが、私の友人の弟さんが寂聴さんのお手伝いをしていたことがあり、そのころから何となく気になっている方でした。
本書は、朝日新聞に連載されたコラムを再録した寂聴さんの最晩年のエッセイ集です。
そこに記されている様々なエピソードから最も私の印象に残ったものをひとつ書き留めておきます。
「中村哲さんの死」。2019年12月12日に掲載された寂聴さんの悲痛な思いが迸る一文です。
(p172より引用) 井戸水が湧くにつれ、砂漠が少しずつ畠になり、人々の生活にうるおいが生じてくる。
アフガニスタンの人々にとって、中村さんは、恩人になった。
私にも、中村さんから話を聞けば聞くほど、目の前のおだやかな、自分の息子のような年齢の男が、人間でない尊いものに思えてきた。・・・
中村さんの仕事は、次第に国内でも認められていったが、そんなことにおごる人物ではなかった。
この恩人を、アフガニスタンでは、凶徒が襲い、凶弾で死亡させた。・・・
ただ無私の忘己利他の奉仕の報いが、この無惨な結果とは!
仏道に身を任せたわが身が、この事実をどう考えたらいいのか!
中村さん! 近く私もあなたの跡を追いますよ。必ずまた逢いましょう。ゆっくり長い話をしましょう。
中村さんの半生を思うにつけ、改めて素晴らしい人柄だったと感じ入ります。中村さんの不運を悲しむ人は世の中にそれこそ数限りなく、まさに、不条理。理不尽の極みです。