読書案内 「雪炎」 馳 星周著
「雪炎」というタイトルに魅かれ読むことにしたが、これは、著者の造語で、広辞苑には載っていない。
冷たく、密かに燃え上がる情念の炎、というイメージと
「この地に生まれ育ったものはだれもかれもが原発の被害者なのだ―」
「原発マネーに依存する北海道の地方都市で、廃炉を公約に市長選に出馬。
そんな旧友の選挙スタッフになる元公安警察官の和泉だが…」というキャッチコピーが私を惹きつけた。
原発の町で展開される推進派と反対派の葛藤を期待し、元公安警察官がどのような絡み方をしてくるのか。
期待は大きく膨らむ。
『雪をかくそばから雪が降り積もる。徒労だ。だからといって雪かきを放り出せば、明日には大変なことになってしまう』タイトルにふさわしい冒頭のシーン。
馳ハードボイルドの始まりだ。
地場建設会社、ヤクザ既得権益を守る市長、
地元選出の国会議員等の癒着や謀略が原発利権と絡み合い、泥沼に入り込んでいく選挙戦。
原発推進派と反対派の対立が、ヤクザ対元公安警察官の戦いといして描かれていく。
負けるとわかっていて立候補する反対派の弁護士・小島。
それを支える反対派の地元建設会社の武田。
公安を退職したひねくれ者のわたし・和泉 伸、伸の昔の恋人蒼、友香は執拗な公安の追及に自殺した母の娘。
小島の陣営はたったこれだけ。主旨に賛意を示したポランティアも次々にヤクザたちの妨害にあい、退いていく。
「雪炎」という表現は次のように出てくる。
ライフルを構えた伸に妄想が襲う。
『銃弾は雪炎を切り裂いて飛び、一号炉のど真ん中に着弾した』
このあたりから物語は荒唐無稽の、ハードボイルド調に盛り上がる
(昔、流行った日活映画で活躍した和製ウエスタンに登場する宍戸錠や小林旭を彷彿とする活躍ぶり)。
選挙は惨敗し、利害関係で繋がってなかったのは、小島と伸だけだった。
そして、最後の二行。今では競走から引退した愛馬に語りかける伸。
(…そんなことどうでもいいじゃないかと言わんばかりに彼(愛馬)は大地を蹴り、走り始める。
いつだって正しいのは彼のほうなのだ)。
人生を投げた寂しい男の姿が浮かんでくる。
人と人のつながりに共感を持たないから、
打ち解けて話す人も、一緒に歩んでいく人もいない男にとって唯一の
心を許せるものが元競走馬のガイウス・ユリウス・カエサルという
孤高の戦士シーザーにちなんでつけられた馬だけだったのかもしれない。
評価☆☆☆ (20152.13)