雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

マドンナがやって来た

2019-07-04 20:30:51 | ことの葉散歩道

マドンナがやって来た
      そして消えた……

  
   雪のように溶けて行きたい
       
            マドンナが残した言葉


    古い記憶がよみがえってくる……   
    
    高校三年の三学期。
    凩の吹くとても寒い日
    彼女は県外から越してきて
    私たちの学校に転校してきた。
    後60日余りで卒業を迎えるという
    クラスの中で就職組と進学組がはっきり色分けされ、
    何となくせわしなく、落ち着きのない日が続く毎日だった。

    教師の横に控えめに、うつむき加減に立った彼女は、
    僕らの持っているガサツで、子どもっぽい雰囲気とはどこか違っていた。
    どこかに大人の匂いを漂わせていた。

    ガキ丸出しの私たちを
    胸の奥深いところで笑っているような
    それでいて
    私たちすべてを受け入れてしまうような優雅なまなざしが
    深い森の奥へと誘うような危険な匂いを漂わせていた。

    早熟な少女 というより
    硬い果実の中にひそむ成熟の匂いが
    僕ら悪ガキにとってある種の危険と
    近寄りがたい雰囲気を彼女は持っていた。

    父と二人暮らし。
    その男もめったに家に帰らない。
    職業不詳。
    これ以外のことは何ひとつ僕らには知らされなかった。

    近づく時間は充分にあったのに
    僕を含む悪ガキたちは
    遠くを見るような眼で彼女を眺め
    一向に近づこうとしなかった。

    そして卒業式を数日後に控えた
    春の兆しがチラホラ感じられる日
    僕らは彼女の突然の失踪を先生から知らされた。
    どんな事情があったのか僕らは知らなかった。
    卒業式の日
    彼女の座るべき席は空白のまま
    僕らの想いもまた白い闇のように虚ろだった。

    夢のように過ぎて行った
    マドンナへの想い。
    私たちは卒業し
    思い思いの行く先へ歩みだし、
    僕らの中から
    マドンナの記憶が消えていくのに
    そう長い時間は必要としなかった……

    夜中に目を覚ます。
    鮮明に浮かび上がるマドンナの記憶は
    捉えどころのない不確かなものだが
    闇のなかからかすかに漂ってくる危険な匂いは
    まぎれもなくあの時僕が感じた
    マドンナの匂いだった。

    彼女の残したものは
    危険な香りと
    卒業式の数日前に私の下駄箱に放置された本が一冊。
    そこに、彼女のメッセージがあった。

    「雪のように溶けて行きたい」
    
    以後、彼女の消息は知れず
    私は歳を取った。
    

    (ことの葉散歩道№47)    (2019.7.4記)

 

コメント (2)
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