読書案内「動機」横山秀夫著 文春文庫
作者・横山秀夫について
1991年…「ルパンの消息」(サントリーミステリー大賞)
1998年…「陰の季節」 (松本清張賞)
2000年…「動機」 (日本推理作家協会賞・短編部門)
2002年…「第三の時効」 (山本周五郎賞)
2005年…「臨場」 (本格ミステリー大賞)
2016年…「64」 (英国推理作家協会賞)
『別冊文芸春秋に2004年ー2006年にわたり、連載されたが、
改稿を重ね2009年に発売を予定したが、
納得がいかず全面改稿の上書き下ろしとして2012年10月に刊行された。
手直しを加えた上で2009年に出版されることが決定するが、
ただ書き終えただけの作品でしかなく、
このままでは読者からお金を貰える作品たりえないと思い、
出版を中止するという苦渋の決断をした。
担当編集者は絶句していたという。
再び『64』の改稿作業に入ったが、
今度は突然、記憶障害に襲われ、前日に書いた原稿の内容が思い出せなかったり、
主人公の名前さえ思い出せなくなってしまった。
廃業という文字を頭に浮かべながら、
どうしたらよいか分からず、庭仕事をし、
いいアイディアや文章が思い浮かぶと書斎に駆け戻り、
1、2行書き、また庭へ戻るという繰り返しだった。
次第に筆が進むようになり、小手先の手直しをやめて全面改稿を重ねた』
(以上、ウィキペディアより引用)
「64」。
たった4日間で終わり、時代は平成へと受け継がれていく。
そのたった4日の間に起った少女誘拐事件がテーマになり、
単行本647ページ、四百字詰原稿用紙1451枚の大作。
リアル・タイムで読んだが、ストーリーのち密さに圧倒され、
いまだに「読書案内」に乗せられなかった一冊です。
(たくさんある、エピソードのうちのどれを省いてしまっても、
よい案内ができないような気がしました)
「ノースライト」。
「64」以来6年ぶりの新作長編。
この長編も著者入魂の一作として評価したい。
「ノースライト」。北向きの窓から差し込む光、という意味深なタイトル。
ミステリーだが、殺人事件があるわけではなく、暴力が描かれているわけでもない。
だから、警察も探偵も登場しない。
北から差し込む光に向かって、たった一脚忘れ去られたように置き去りにされた椅子は
伝説の建築家・タウト(実在した建築家)が制作した椅子なのか。
椅子を残したまま行方が分からなくなってしまった依頼主に何があったのか。
ミステリーに込められた、建築家という職業小説、家族小説、建築業界小説等々、
いくつもの顔を持つ小説。縦糸と横糸に込められた素材に、読者は魅了されること必至。
「動機」もまた、練りに練られた警察ミステリーだ。
事件の始まりはこうだ。
警察署内で一括保管されている、30冊の警察手帳が紛失した。
警務部提案で警察手帳一括管理を試験的に導入した矢先の紛失事件だ。
一体、誰が…。内部犯行か、それとも外部犯行なのか?
前代未聞の不祥事だ。
県警本部警務課企画調査官、階級は警視。44歳の貝瀬は、
親子二代の警察官人生を歩んでいる。
さりげなく展開される冒頭部分の貝瀬の人物紹介であるが、
親と子の深い絆が終章で明かされる。
(紛失事件とは直接の関係はないが、冒頭の親子のシーンは、読者の泣き所をつかんで、
さわやかな読後感を演出する仕掛けになっている)
内部犯行だとすれば、貝瀬は手帳保管庫の鍵の管理責任者に疑いの目を向ける。
だが、管理責任者の老警官は、退職を目前に控える真面目一徹で礼儀にうるさい警官だ。
警察手帳を盗む動機が何もない。
窮地に立たされる貝瀬警視。
この一件を記者発表するのか。県警の信用失墜は甚だしい。
残された時間は2日間。それまでに紛失した手帳が発見されなければ記者発表。
紛失を隠ぺいするにはあまりに重大な不祥事だ。
タイムリミットの近づくなか、貝瀬の焦燥は続く……
30冊の警察手帳を危険を冒して奪う、「動機」は?
作者は表題にした「動機」にも、工夫のスパイスをまぶしている。
父と子の絆の描き方にも一工夫あり、ほっと安堵する結末が用意されている。
「動機」のテーマではないが、エピソードとして語られる「父と子の絆」がとてもしゃれている。
冒頭から終章まで読者を捉えて離さない、
職業人としての誇りを示した好短編だ。
本作品は事実上の出世作であり、
日本推理作家協会賞を受賞している。
(読書案内№147) (2020.01.23記)
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