アイツとは事切れてしまった
こいつは面白い
この切れ味で社会との関係も断ち切ってしまおうか?
無駄なものが多すぎて難解に絡まった糸たちを救済してやろうか?
僕は一瞬、空を見上げ
精一杯高い場所から、ナイフを地面に突き刺した
鈍い音と共に舞い上がる血しぶき
白いスニーカーが真っ赤に染まった
僕はなんだか寒気がして
その場でスニーカーを脱ぎ捨て
裸足のまま全力で走り去った
ナイフは力強く握り締めたままで
遠く取り残された夜更け
鳴かないフミキリが涙していた
フミキリが鳴けなくなったらおしまいさ
「もう少しで大事故だったじゃねぇか」
被害者になりかかった人々に詰め寄られ
弁解の余地がないフミキリ
これまでどれだけ鳴いてきたかなんて
誰も思い出しちゃくれない
昔はこんなんじゃなかった
微かなレールの響きも感じ取り
大きな声で鳴きまくっていたっけ
やがてフミキリは老いた
列車が近づいても鳴かなかったり
近づいてもいないのに鳴いてしまったり
昔からフミキリを知る老列車は
その場に差し掛かると
止まるような足取りで
そして心配そうに振り返るのだ
しかし、その日はやってきた
接近を感じ取れなかった
若い列車は怒り狂った声を上げ
フミキリの上に立ち止まった
怪我人がいなかったことに安堵しながらも、うつむくフミキリ
遠く取り残された夜更け
フミキリは静かに目を伏せた
脳裏に浮かぶのは若き日の老列車
フミキリからかすれた声が微かに漏れた
春の日差しが眩しくレールを包む朝
老列車がいつものように速度を落として通過する
勢いよく鳴いている生まれたてのフミキリ
老列車はスピードを上げ、もう振り返ろうとはしなかった
朝、目覚めるたびに、新しく生まれる感覚がある
だから僕は小さく泣く
今日を生きる苦しみを凝縮させるように
歴史の光が眩しく感じても
振り返らない方がいい
ただ、その背中に温もりを感じて
前だけ見ていればいい
車やスマホにぶつからぬように
気分を変えたければ、首を後ろに倒し、宇宙を見るのもいい
左右の視界に入る景色が、秋から冬へと流れてゆく
今日一日が終わってゆく
苦しみの旅路の果てに何が待っているのか
それがぼやけているから、今も生きているのだろう