スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産大臣賞典兵庫ゴールドトロフィー&自然科学と宗教

2024-12-25 19:39:28 | 地方競馬
 第24回兵庫ゴールドトロフィー
 発馬後に飛び出していったのは4頭。エートラックスの逃げになり,ヘリオスが2番手。スペシャルエックスが3番手で挟まれる不利があったラプタスは4番手。マックスとサイレンスタイムは併走になり7番手にアラジンバローズ。8番手がエコロクラージュで9番手にフォーヴィスム。ギガースとパワーブローキングが併走で2馬身差の最後尾にサンライズホークで発馬後の正面を通過。向正面にかけて外に出されたラプタスが3番手に上がりスペシャルエックスが4番手に。前の8頭と後ろの4頭の差が大きく開きました。ミドルペース。
 前の馬の中で頑張ったのは逃げたエートラックスとラプタス。向正面で最後尾から動いたサンライズホークとそれに合わせたフォーヴィスムの2頭が外から捲り上げてきて,この4頭が並ぶように直線に。追い上げてきた2頭が並んで逃げたエートラックスを差すとそのまま競り合ってフィニッシュ。写真判定で優勝はフォーヴィスム。サンライズホークがハナ差で2着。逃げたエートラックスが5馬身差の3着で内を回ったスペシャルエックスが4分の3馬身差で4着。優勝争いを演じた2頭の後から追い込んできたギガースがアタマ差で5着。
                       
 優勝したフォーヴィスムスパーキングサマーカップ以来の勝利で重賞は初挑戦での優勝。南関東転入後は1600mをずっと使っていたのですが,JRA時代の2勝クラスと3勝クラスは1400mで勝っていて,この距離の方がよかったのでしょう。兵庫まで遠征して重賞を制覇したのは評価に値するところ。斤量差があったとはいえこの距離の重賞は多くありますから,メンバー次第でまた優勝も見込めるのではないでしょうか。父はドゥラメンテ
 騎乗したのは現在は高知で騎乗している吉原寛人騎手川崎記念以来の重賞9勝目。兵庫ゴールドトロフィーは初勝利。管理している川崎の内田勝義調教師は川崎記念以来の重賞2勝目。

 吉田はこの後で,ステノNicola Stenoが自然科学の研究から身を引いてカトリックの布教に専念したのは必然で,それを,聖書宗教としてのカトリックあるいはキリスト教に入れ上げてしまったことと関連して説明しています。僕はこの点については吉田の説明に全面的には同意しませんが,僕の見解opinioは後に説明することにして,ここでは吉田がいっていることをまずみておくことにします。
 先述しておいたようにステノは1669年に『固い地面の中に自然にふくまれている固い物体についての先駆的論考De solido intra splidum naturaliter contento dissertationis prodromus』という地質学の知見を書物としてまとめています。これは化石と地層に焦点を当てた論考で,おそらくステノがスピノザにも献本したので,スピノザの死後に蔵書として残されていました。1669年には間違いなくステノはカトリックに改宗しています。つまりこれはカトリック信者としてのステノが書いた論考です。
 自然科学の研究と,その研究者が信仰する宗教religioは無関係のように思えます。ただそれは現代的な僕たちの視点からそう見えるというだけであって,ステノが論考を書いている時代は必ずしもそうではありませんでした。これは,この時代の自然科学の研究によって,その研究の成果が宗教裁判の対象になり得たということから明白でしょう。ブルーノGiordano Brunoは研究の内容を問われて火炙りの刑に処せられましたし,ガリレイGalileo Galileiも,改心したと認められたので重刑には処されませんでしたが,裁判にはかけられています。ブルーノとかガリレイというのは,必ずしも深い信仰心をもって自然科学を研究したというわけではなかったといえますが,当然ながらその逆のパターンもあるのであって,自然科学を研究することによって聖書に示されている知見の正しさを証明しようとした自然科学者も存在したわけです。なので自然科学の研究と研究者が信仰する宗教というのは,この時代には分かち難く結びついている場合もあるのであって,ステノもそうでした。つまりステノの地層学の研究というのは,単に学問としての地層学について先駆的な所見を論考するということだけを目的finisとしていたわけではなくて,その研究によって聖書の正しさを証明するという目的もあったのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする