書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

○絶望は罪である。

2019年02月12日 14時12分48秒 | 意識論関連
「自分を含めたヒトという種の生物が先天的に欠陥品であるならば もはやあらゆる努力は無駄である」

↑このような軽薄な決めつけというのは あくまで気分(先天的バイアス)が促す思考停止であり 何ら論理的根拠を持たない逃避によるその場限りの満足安心を求めた結果である

絶望するからこそ人間でもあるのだが キェルケゴールはこうした軽薄な絶望を罪であると論じた

絶望とは所詮気分的なものであり 真理探求の不可能性が論理的に証明された訳では一切ないからである

ヒトはすぐに思考停止して諦めようとする

深く物事を考えるのが面倒臭いので 考えないよう言い訳言い逃れ取り繕いはぐらかし開き直りをすることで論理的真理探求を放棄する先天的習性があるからだ

哲学者と呼ばれる研究者の多くは 単に過去の論説を引用して「誰それは こう述べた」と知識をひけらかしてその場限りに煙に巻いているだけで その内容に合理性のある弁証法的証明が存在するかどうかなど誰一人として一切検証していない

だからこそフランシス:ゴルトンの優生学が130年以上にもわたり傍観放置されてきたのである

怠慢にも程がある

社会的に肝心な検証は一切せず 亀山郁夫による「ドスト:エフスキーの読書感想文」を あたかも哲学的に意味があるかのように珍重していたのが現在の哲学界の現実である

カントの「純粋理性批判」を鵜呑みにしていたのも同様である 論理整合性のない話でありながら あたかも動物的「情動」の方にこそ人間性が存在するかのように解釈出来るため バカな衆愚は純粋理性批判を簡単に鵜呑みにするのである

理性を悪者にしておけば 論理的に真理を探求することを放棄しても良いと錯覚し 何も考えなくても済むと勝手に解釈出来るからであろう

自律的に論理検証することを放棄して 先天的に組み込まれた感情のままに行動してさえおけば自動的に常に正しい結果が得られるはずだという妄想に囚われていれば 何も考えず 何も悩まず 何も絶望せずに済むのである

その妄想が促す錯覚こそが ヒト(人類)を愚かにせしめている最大の原因である

その上今度はマルクス:ガブリエルの言う「世界は存在しない」などというオカルト観念を鵜呑みにする始末である

頭が悪いにも程がある

 ◇

主観的に「死にたくない」ことを多数抽出してきても それは科学的普遍性の論証にはならない

科学というのはバカの多数決で決定されるものではないからである

生存というのは結果であって どんなに「死にたくない」と強く思ったところで死なない奴はいないし そもそも永遠に生きながらえたところで 「で?」っていう話である

「死にたくないから 生きていたい」というだけであれば これは先天的な本能習性に受動的無意識に流されているだけであり 何ら自発的主体性などないではないか

それとも何か? 長生きを他人と競争するために生きているだけなのか?

それなら先天的疾患などで20歳にもなれない内に寿命を迎えてしまう人は「負け犬」だとでも言うのであろうか?

もはや それは「キチガイの勝利」「犬の価値観」であろう

その競争に「勝った」ところで 社会安全性という最も基礎となる価値には全く結びつかないのである

そればかりか むしろ格差や差別を助長してしまい 人間性の喪失にしか結びつかない

バカ同士の多数決に同調しておけば バカは満足なのである

満足慢心は思考停止を促し バカは益々バカに陥るのである

バカの臨界(暴走)状態

その炉心に私は一人バケツで水を汲み上げている気分である

最近は教育に「自律」が重要視されてきた点においては光明はあるが 哲学界や生物学界は相変わらずバカが権威を振るっている状態にあまり変化が見られない

それでも「絶望は罪である」とキェルケゴールにケツを叩かれているので 諦めることはしないつもりである



Ende;
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○思考停止バイアス。

2019年02月12日 12時58分30秒 | 意識論関連
サバイバーズギルトのように実質的には何の瑕疵もない事柄に罪を感じることがある

逆に内部告発者を集団組織から排除することに何の罪も感じないこともある

観念的な罪の意識というものには合理性がなく 社会的に悪い行為であっても感じないことは少なくない

どんなに社会的に無責任な行動であったとしても それが多数派であれば罪が薄まるとでも思っているのであろう

 ◇

先天的な社会形成習性というのは 封建的ヒエラルキーによる統率的協調性を発揮することが 生存にとって有利だったために残された習性であり

先天的習性である以上 能動的 合理的 意識的に選択したものではなく 単なる無意識な行動バイアスに過ぎないのである

ところが ヒトの多くは先天的本能習性が促す無意識な行動バイアスの強度程度を意識の本質だと勘違いしているため 強い情動に無意識に流されるばかりで 合理性のある自発的選択をしなくなるのである

こうしたヒトという種の生物の先天的欠陥というものは 誰かが悪いわけではなく 単なる「結果」に過ぎないので これは意識的に欠陥をリカバリーするよう心がけ「対策をする」ことこそが 人間としての「目的」行動選択となるのである

こうした先天的欠陥のリカバリーをするためには 先ずは「自分というヒトという種の生物には先天的な欠陥があるのだ」という自覚認識が必要なのだが それは先天的に「気分が悪い」ために無視し 「自分は先天的に常に正しい行動選択しかしない優秀な遺伝子を持っているはずだ」という観念にとって都合の良い話ばかりを抽出して満足しようとするのである

松沢哲郎による「チンパンジーの行動習性から 人間としての社会性を立証出来るかも知れない」だとか 特定環境下において「ヒトは利他的行動を採ることが快楽である」などといった生物学や社会心理学による非科学的立証を 何の疑いもなく鵜呑みにすることが出来るのである

単なる利他的行動だけであれば 東京電力社内において自分が所属する集団組織の利益を優先し 自律的な社会的責任判断を放棄することも 組織内部という一面的観点からは利他的行動であると言えるのである

ヤクザがヤクザ組織にとって都合の良い鉄砲玉になることも ヤクザにとっては利他的行動だと言える

日大アメフト部による反則行為も アメフト部の集団組織内部だけにとっては利他的行動であることになる

組織という偏った集団にとって有利な献身的利他的行動だけでは人間性の立証にはならないのである

ところが こうした特攻隊的な暴走行為を事後正当化して「英霊」などと称して あたかも特攻隊が命懸けで無駄な戦争を長引かせたことが現在の平和の礎になっているかのようなご都合主義的解釈の仕方を鵜呑みにしたがるのである

しかし無謀な戦争自体に反対し官権に投獄された「政治犯罪者」達を「英霊」とは絶対に形容することはない それは内部告発者同様に「裏切り者」として扱っているからである

自律的な社会的責任判断を放棄しておいて 一体何が人間性であろうか

先天的本能習性というものでは人間性を立証することなど原理的に不可能であるにも関わらず ヒトの多くは生物学や社会心理学のでっちあげた非科学的オカルト理論に満足し 誰一人として自律的な論理検証もせず批判精神も一切発揮せずに 目先の気分的安心満足感に溺れて思考停止に陥るのである





Ende;
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