書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

陰謀論

2022年04月06日 01時33分38秒 | 意識論関連

2001年9月11日のテロは 計画解体だったという陰謀論がある

実際に炎上している貿易センタービルから熔けた鉄が流れ出ている映像が残っており これは衝突した航空機燃料のケロシンで鉄骨が熔ける程の高温にはならないというので「謎」とされている

もし計画解体だとするのであれば 一体誰が 何の目的で どのようにテロに便乗して計画解体を施工したのかは現状では情報がなく 陰謀なのかどうかも真偽は不明である

 

世の中に何らかの陰謀があったとしてもおかしくはないのだが 客観的証拠や根拠がないのに荒唐無稽な陰謀論が信じ込まれてしまう原因は 気分的な「納得感」欲しさが原因だそうだ

それこそ「野生の鳩のほとんどがサイボーグ化されていて 電線に止まっていると充電中だ」とかいう今どき小学生でも信じないようなトンデモナイ話が信じ込まれたことがあったという

そんなハイテクがあったらもっと凄いことできるだろw

「わからないこと」があったとしても 判断できるだけの情報がないのなら「わからない」と判断を保留するのが論理客観性というものだが 

それが主観的・感情的な「納得感」が得られないことから 何でも良いので「わかった」ような感覚による主観的「納得感」欲しさに論理客観的判断を放棄してしまう習性がヒトにはあるため 根拠の乏しい荒唐無稽なデマや嘘でも鵜呑みにしてしまうのである

ヒトが本能的に求めているのは 主観的な安心満足感(納得感)という主観的印象であって 論理客観的根拠に基づいた「真理」ではない

ヒトという種の生物は 先天的に「錯覚」という認知上の欠陥が存在しているのである

「現代人の大半が科学を信じている」と言われていながらも 実際には権威の肩書を盲目的に信じ込んでいるだけであって 内容に論理客観的根拠が伴っているかどうかは誰も考えたりはしないものである

マルクス:ガブリエルによる「摩天楼は空と見分けがつかない だから 真実が見えなくなる」などという論理客観的には何の根拠もない印象論だけで マスコミや大衆の大半はそれを「哲学」だと信じて疑わない

哲学というのは 「真理」を見極めるためのものであって 主観的印象論で納得や満足や人生相談で「お悩み解決」をするためのものではない

イマヌエル:カントの「純粋理性批判」における論理的根拠を「超越」した実証不能の謎の「叡智界」などという話を鵜呑みにし それを「近代哲学の最高峰」などと称して「哲学」だと信じ込み 誰も疑わない

しかも 100年以上 ほとんど誰も である

「人間は叡智界に属しているのだ」などという論理客観的根拠のない「決めつけ」であっても それが主観的な「納得感」さえ印象として得られれば 多くのヒトは自分の頭で論理客観的には検証しなくなるものなのである

生物学における遺伝的進化に合理的な意図目的や戦略が介在しているかのような説明についても マスコミも含めて大衆の大半は鵜呑みにし 論理科学的に根拠が伴っていないことには誰も関心を持たない

こうした哲学界や生物学界の「典型的な間違い(誤謬)」が一向に改善しないのは 別に誰かの巧妙な陰謀が働いているわけではなく 単に学術権威達が自分達の間違いを認めてしまうと権威性に傷がつくことから黙殺し マスコミや大衆の方は無為に学術権威という「肩書」を盲目的に信頼していた既成事実を事後正当化する形での「傍観放置」であり 単なる集団無責任に過ぎない

ヒトというのは多数こそが「正常」だという感覚(錯覚)が働くことによって 論理的に間違った話であっても科学的哲学的な「真理(本当の話)」だと 気分的に安心して信じ込み 全く疑わなくなるのである

 

刑法懲罰を優先するのではなく 犯罪者の無責任性の原因を徹底究明することで犯罪の根源的撲滅のための分析を優先することの方が社会防衛や安全性の観点からは実効性が高いにも関わらず 「犯罪者には懲罰」を与えておくことの方が満足感や納得感が安易に得られやすいために 司法裁判による「判決で解決」という非合理な社会制度だけが唯一絶対的な対策として扱われ続けているのである

何人の通り魔を死刑にしても 通り魔事件の根源的原因究明にも再発防止にもつながることはなく 結果的に通り魔事件は何度も繰り返し 理不尽な被害もなくならないのである

これはあらゆる犯罪においても言えることであり むしろ罰を与えない北欧での「リゾート刑務所」の方が圧倒的に再犯率が低下するのである

被害者感情としては 加害者に罰が与えられないことは主観的「納得感」が得られ難いことはわかっているが それは逆にいえば加害者側の養育環境や精神状態を知らないことによる一方的な主観的感情論に過ぎない

被害者側であろうとも主観的感情論に基づいて社会安全性を優先しなくても良いという理屈は客観的におかしな話なのである

カナダでは加害者と被害者による話し合いによって 被害者は加害者側の生い立ちを知ることによって「赦し」 加害者は被害者や遺族の悲しみを知ることで自らの行為の重大さを自覚させる取り組みがされているという

客観的には「赦す」かどうかは主観に過ぎないので社会安全の観点からは意味がないのだが 加害者側がどのような生い立ち・養育環境によって無責任な行動をするようになってしまったのかを科学的知見として蓄積できることは有効である

その意味において 現状の司法制度というのは実効性の乏しい感情論に基づいた非合理なものであって 非合理なもので主観的に「納得」しているだけの「虚構の解決」に他ならない

これもまた別に何らかの目的に則った巧妙な陰謀が働いているわけではなく 単なる怠慢による組織体制の温存に過ぎない

独裁政権や日大や東京電力福島第一原子力発電所もそうだが 腐敗した組織というのは体制維持だけが目的であって 別に陰謀論的な巧妙な「目的」があるわけではなく 既存の組織体制のぬるま湯から出るだけの「意思」がないだけの話に過ぎない

 

小説に出てくる殺人犯というのは 深い悲しみや憎しみに基づき 非常に複雑で巧妙なトリックや技術を用いるような賢い人物が描かれることが多いが 実際の殺人犯というのは非常にバカで 下らない理由で幼稚な行動しかしないものである

もし深い悲しみや憎しみがあるとしても 複雑で巧妙なトリックを思いつくような賢い人物なら 殺人などという短絡的報復に時間や労力を費やすことなどしないものであり 小説に登場するような殺人犯というのは読者の満足感を提供するためのファンタジー妄想に過ぎない

日大の理事長なども 別に複雑で巧妙な陰謀を仕掛けたわけではなく 単に恐怖政治によって盲目的で批判精神のない無為な職員達を服従させていたに過ぎず 蓋を開けてみれば単純な封建的ヒエラルキー体制に過ぎない

それはオウム真理教でも同じことであって 教祖麻原彰晃には何の目的もなく ただバカな信者達から人気を集めてチヤホヤされたかっただけであって 評価承認欲求中毒の暴走の結果がテロに至っただけであり 独裁的洗脳というのは 独裁者が意図目的に則ってテロや戦争を仕掛けているわけではなく 実際には仲間内の中で「信じたい話」だけを信じることによるエコーチェンバーによって洗脳状態に陥り 非合理で無謀な殺戮へと陥っているに過ぎない

独裁者というのは 自分にとって都合の悪いことを言う奴の全てを「陰謀」だと信じ込み 不必要な猜疑心や恐怖心に苛まされることによって 非合理で短絡的な暴力による解決を図ろうとするのである

 

「Qアノン」を信じ込んでいるようなバカだからこそ 連邦議会に乱入するような暴力破壊を「解決」だと
錯覚しているのであって

「暴力で解決だ」という短絡的判断しかできないバカほど 観念的猜疑心による陰謀を信じ込むことでヒトは暴力破壊へと暴走することに陥るのである

 

 

 

Ende;

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