2019年8月8日 滋賀県 【彦根2019】
彦根の町並み2019①
滋賀県彦根市
「彦根」の地名は、むかし天照大神の御子に天津彦根命(あまつひこねのみこと)、活津彦根命(いきつひこねのみこと)の二神がおられ、このうち活津彦根命が活津彦根明神として彦根山に祭られたことに由来しているとされている。 戦国時代になって絶えず戦場となっていたが、豊臣時代に石田三成が佐和山城主となってから町は次第に繁栄し、その後、関ヶ原の戦功で井伊直政が彦根の地に封ぜられ、その子直継が彦根城の築城を始めて、直孝により完成され、城下町として発展、産業、政治、文化の中心地として300年間栄えた。
井伊直政
関ケ原の戦いの軍功により近江佐和山城主となる。18万石。彦根藩主井伊家初代とされる。慶長7年2月1日死去。42歳。
彦根城へ
▼滋賀県護国神社
▼中堀
▼いろは松
いろは松は中濠沿いの松並木で、江戸時代「松の下」と呼ばれていました。この場所は藩主の参勤、着城で必ず通る場所で、当時47本植えられていたことからいろは47文字にちなみ「いろは松」と呼ばれるようになりました。
佐和口多聞櫓を左にみつつ、埋木舎、池田屋敷長屋門へ
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