時系列的には、この「ゲッターロボ號(ごう)」の前に「真ゲッターロボ」が来るようですが、
ここでは書かれた順、読んだ順番通りに話を続けます。
この文庫本版號編の最後に、コミックエッセイ「ゲッターと私」が収録されていて、
石川賢さん自身の語りで、オリジナルのゲッターロボの誕生秘話やこの號や真ゲッターロボが
描かれた経緯を大雑把ではありますが知ることができます。しかし、当時新作アニメや漫画などとは
ほとんど縁遠かった私でしたから、それをふまえても、ゲッターがこの「號」で復活するに至った
理由の正確なところはよくわからないままなのです。当時アニメとして企画され放映されていた
というゲッターロボ號(漫画版とは相当違った設定らしい)もまったく見ていなかったし、スーパー
ロボット大戦というゲームが人気を博す(そこへゲッターも参戦?)などし、そうしたいわば
メディアミックス的な流れに乗ってG編以来のゲッター(漫画版)の復活となったようで、少々
複雑な経緯をたどり、同時多発にゲッターが描かれたので、状況混沌で、つかみづらいのは確かです。
敵は最初プロフェッサー・ランドウと名乗るマッドサイエンティスト(人間?)でしたが、それを
陰で操っていたのが実は恐竜帝国の残党であることが判明。やはり、ゲッターとハチュウ人類とは
切っても切れない関係のようで、最終作アークでもみたび恐竜帝国の暗躍(いったんゲッターチームと
手を組むように見せかけるが…)が見られるように、ゲッターの敵としては極めつけ、恐竜帝国が
一番しっくりくるようにも思います。
タイトルにもなっているゲッター「號」が主役メカかと思いきや、號はゲッター線をエネルギー源として
利用していない機体(いわば亜種、本来ゲッターの名を冠せない?)で、真打「真ゲッターロボ」が
満を持してあとから登場する構成にも驚きです。古いファンとしては流竜馬(オリジナルのゲットマシン
操縦者)が合流し、真ゲッターの操縦者(のひとり)として復活、活躍する展開もうれしいかぎりです。
神隼人が早乙女博士の遺志を継ぎ、ゲッター線研究者、ゲッターロボ開発者としての地位を確立して
いるのも、正編で彼をIQ300の天才として登場させた布石をうまく活かせているなと思いました。
元々純粋なロボットもの(バイオレンス・アクション+ロボットもの)で始まったゲッターシリーズが
その要素を残しつつ、ここから全宇宙規模的(神話的)SF色がグンと強まります。これは、原作者
である永井豪さんに「デビルマン」のような壮大な世界観で物語を展開する素養があったところへ加え、
のちにSFロボットものとしてレジェンド化する「伝説巨神イデオン」や「新世紀エヴァンゲリオン」
のような神がかり的な(人知を遥かに超えた)作品からの影響も多大だったと思われます。イデオンや
エヴァンゲリオン同様、ゲッターロボ(ゲッター線)自身が意思を持ち始めたりしますからねえ。
正編の開始当初はまったくそのような気配のなかった作品でしたし、あまりの変わりように物語の整合性に
多少無理があったり、ほころびの見えるところも目につくうえに、ゲッターがあまりに神格化されすぎて、
当初からのファンには、冷めたり、引いたりしそうな場面も見られ、ついていけないと感じるのも事実です。
ただ、そうして発想を飛躍、発展させたことで、G編までで終わらせず、マンネリを防ぎ、引き続き物語を
紡ぎだせたことは確かでしょうし、旧作との比較はほどほどに、多少のことには目をつむるべきですかね。
詳しいいきさつや出来栄えはともかく、この號編でゲッターロボが復活してくれたことで、昭和から
令和3年の現在に至るまでゲッターの物語を楽しめるのですから、やはり感謝しかありませんよね。