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水銀体温計

2024-02-03 23:11:50 | 昔のこと
A型インフルエンザにかかってしまった。
せき、鼻水などのほか、熱は39度手前まで上がったものの、それほど苦しくはなかった。食欲が落ちなかったのも幸い。
でも、別の疾患で治療中。相談したところ受診するよう指示され、タミフルが処方された。発熱2日目から服用して、その日の夜には(タミフルのおかげかは分からないが)ほぼ平熱に。4日目時点では、だるいようなふらつくような感覚が、若干残っている。
感染経路は同居家族で間違いない。こちらがいくら用心しても、狭い家の中に、しかも衛生観念が低い者(こっちは病気だから配慮してと言っているのに)がいては、どうしようもない。

さて、今は医療用語では「バイタルサイン(の1項目)」と呼ばれるそうだが、体調把握の指標の1つである体温。その計測に使う体温計の話。
新型コロナウイルス感染症以降、非接触式の体温計が広まった(医療機器として認証されていない、温度計のこともあるけれど)。これは、お店とか医療機器の玄関先とか、以前は体温を測らなかった場面で使われることが多いだろう。
昔から体温を測っていた、家庭や医療機関の中では、脇の下にはさむ(舌下やお尻でもできるようだけど)体温計が一般的。

ところで、これってご存知ですか?
細長い物体。この状態ではフタ付きケースに入っています
中身を出すと、
棒状のガラスの中に目盛り
ご存知ないかたは温度計? と思ってしまうかな。広い意味では正解。
正体は「体温計」。
体温計といえば電子体温計を指すようになった今の感覚では「昔の体温計」。正確もしくは誤解のないように表記すれば「水銀体温計」である。
「アナログ体温計」でも通じそうだが、Googleでダブルクォーテーションで囲って検索すると、水銀体温計約36万件に対して約5080件と多くない。電子体温計をデジタル体温計ともあまり言わないと思うし、体温計に関してはアナログ/デジタルとは表現しないのかな。

壁掛け寒暖計や理科実験用の棒状温度計は、ガラスの中にアルコールが入っていて、温度変化に応じて上下する。
水銀体温計では、水銀が入っているわけだが、温度(体温)が上がったらその位置で止まって、自然に下がることはないのが、寒暖計との大きな違い。
電源不要のメリットはあるが、ガラスだし、中の水銀は有毒なので、割れた時には危険。最近は、不要な水銀体温計類の回収も積極的に行われている。

我が家では水銀体温計がまだある。ほんとうは回収に出すべきなのかもしれないが。長年使い続けているのが1本(写真下)、最近発掘されたのが1本(写真上)。
電子体温計では、メーカーや機種によって、本体形状はさまざま。電池サイズや表示部を大きくしたい意図もあるのだろう。
水銀体温計は、三角柱など一部違うものもあったが、大部分はメーカーが違っても同じ(ような)形だった。この2本のように、円柱を押しつぶして平べったくしたような。どちらも目盛りは35、6、37、8、9、40、1、42と表記され、「37」だけ赤文字(下のは経年で退色)。
2本はメーカーが異なる。目盛りの色やサイズが異なるのはすぐ分かる。並べて比較してみるとサイズや、ガラスのカーブによる形状、それらによる触り心地も、微妙に違った。

目盛りは厚紙もしくはプラスチック板のようなものに印刷されて封入され、その前に水銀の管が配置されている。では、その裏側はどうなっているか。
裏面
検温には必要ない内容(電子体温計でも同じだけど)。
上は「TOSHIBA 東芝体温計A」と、メーカー、機種が表示されている。当時は「体温計」=水銀体温計だったことを示す名称だ。
下は「開業十周年記念」として秋田市内の医院の名(親戚宅のかかりつけ医)。その後に「柏木」とメーカー名らしきもの。
どちらにも右側に「C」とあるのは何かの義務付けられた表示だろうか(摂氏のC?)。下はさらに右に「人」みたいなマークも。

メーカーや製造時期について。
下の「柏木」は、明治時代に日本で初めて国産体温計を製造販売し、戦前は独占状態だったという同名メーカーが存在した。そこは1959年に製造をやめたとの情報があった。
だけど、この体温計はそれよりは新しい。体温計をくれた医院(代替わりして今も存在)は1967年開院だそうなので、1977年頃に製造されたことになる。医療機関がノベルティに使うくらいだから、信頼の置けるメーカーなのだと思うが、国産初の柏木との関係は不明。
現在、柏木という体温計メーカーはなさそう。

上の東芝は、もちろんあの東芝。
何でも作る東芝だけど、体温計まで作るとはと驚かれるかもしれないが、そういえばと感じられるかもしれない。かつては「サザエさん」などでテレビCMが流れていたので。
東芝体温計は箱や取扱説明書(兼 記録表)も残っている。
薄いダンボール箱
「特納用」とあり、健康保険組合が加入者に配布や販売するための製品だったようだ。
製造年などは記されていないが、説明書の活字に写研・ナールが使われているし、雰囲気としては昭和50~60年代かなという気がする。

箱には、企業名の表示があった。製造元なのか販売元なのか。
東芝硝子株式会社
東芝本体(東京芝浦電気→東芝)ではなく関連会社。大井川の河口、静岡県榛原郡吉田町に本社があるらしい。

調べると、東芝硝子は1999年に旭硝子(AGC)グループへ吸収。現在は「AGCテクノグラス」となって、本社は引き続き吉田町。体温計を製造している気配はないが、電子、工学、理化学分野のガラス製品を作っている。※東芝の体温計については、この記事後半も参照。

説明書には、現代のそれのように「各部の名称」の説明はないが、文面から読み取れるものとして、
・水銀槽:脇や舌下にはさむ測定部分であり、水銀が貯まっている部分。
・水銀糸:水銀が動いて体温を示す部分(うまく表現できない)。
・留点:水銀槽と目盛り左端の間にある、水銀が戻らないようにするための仕掛け。管が細くなっているようだ。


新型コロナ流行前は、平常時に体温を測る習慣がなく、流行後は、新たに購入した電子体温計をもっぱら使っていたので、水銀体温計はご無沙汰。インフルエンザ療養中の検温の一環として、久々に使ってみることにした。
水銀体温計は5分で、おおむね正確に測定できると記憶していた。東芝の説明書にも「わきの下での検温時間は、ほぼ5分間です。」とあった。
なお、同時に使用した電子体温計は、予測式ではなく実測式で、温度上昇が緩やかになればブザーが鳴り、10分間測定することで正確な値が出ることになっている。

3本を同時にはさむのは無理があるので、連続して1本ずつ、それぞれ5分間測定してみた。電子体温計では、ブザーが鳴った時と10分後の値も計測。
結果。電子体温計は10分経過時。水銀体温計は反射で見づらいですが
見事に3本とも、ほぼ36.4℃!
電子体温計は、2分05秒でブザーが鳴って36.3℃、5分経過時でも36.3℃だった。

自分の平熱は、長年36.5℃だと思っていた。また、少し前に、医療機関用のオムロン製予測式電子体温計で複数回検温した時は、いつも36℃台後半だった。
それらより少し低いのは、タミフルのせいなのか、外気温や室温のせいなのか、よく分からないけれど、3本がそろってそう言うのならそうなのでしょう。

久々に水銀体温計を使った感想。
1.パリンとやっちゃいそうで怖い
電子体温計と比べると、細く、ツルツルしているし、ガラス&水銀だから取扱い注意という意識もあって、少々緊張した。

2.値が読みづらい
自分の目が老眼になったとかではなく。壁掛け寒暖計と同じような感覚かと思っていたが、水銀の線がはっきり見える角度が狭くて、本体を微妙に回転させて、ベストな位置を探すのに苦労した。
どちらも、目盛りに対して真正面ではよく見えず、東芝はやや下、柏木はやや上からが判読しやすかった。


↑掲載した写真は、目盛りに対して左右方向にズレた位置から撮影しているため、正確な値として読み取れない状態です。目盛りの見やすさ(見にくさ)を示す写真です。

水銀体温計の目盛りは、黒いような銀色のような線がくっきりと出ていたと記憶していた。だけど今回の2本は、いちばんはっきり読み取れる位置でも、薄いグレーのようなもので、くっきりとは言えなかった。昔からこうだったっけ?

本体の長さがほぼ同じ2本を比べた時、東芝体温計のほうが目盛りが長く、目盛りの(範囲は両者同じなので)間隔が広い。また、水銀の管の、水銀が達していない部分が黄色い。判読しやすいような配慮がされているようだ(がそれほどでもなかった)。
東芝には、さらに見やすい体温計があった。テレビCMされていたのがそれで、「東芝ネオブルー」。水銀が青く見えて、読み取りやすさを売りにした製品であった。
ネットからは「ネオブルーA」という製品があったことが分かる。我が家にある「東芝体温計A」と同時期の品なのか? 「ネオブルーC」という記載も見られるが、それは今回の2本にもあったような「C」表記をいっしょに読んでしまっている可能性もある(ネオブルーBはなさそうだし)。ネオブルーでは目盛りの背景は黄色ではなく、無着色だったそうだ。

3.使用後が疲れる!
電子体温計は電源を切るか、放っておいてもオートパワーオフされるが、値が保持される水銀体温計ではそうはいかない。水銀体温計を知らない人はどうすればいいか、想像もできないかもしれない。

体温計を「振る」ことで、水銀が下がるのです。
記憶では、体温計を5本の指で握り、肘から先を上から下へ、けっこう力を入れて5回くらい振り下ろさないといけなかった。握りつぶしたり落としたり、周りの壁や机にぶつけたりして壊さないよう注意するのも重要。測定前には、下がっていることを確認することも大事。

久々に振ってみたら、柏木はそんな感じだったが、東芝が手ごわかった。
柏木より落ちかたが鈍く、いくら振っても35.9℃より下がらず、あきらめた(測定前もそうでした)。説明書には、使用後は35℃以下まで振り下げ、使用前は35℃になっていることを確認するように書かれていたけれど無理。

説明書では「水銀の簡単な振り下げ方法」が絵入りで紹介されている。
容器(ケース)に体温計をしまって、「ヒモの両端を指先にかけ、よりをかけて強く両方へ引き、回転させると遠心力で水銀は下がります。」。

そうそう。この説明書を見ていないと思われる人からも、そうやって下げることができると聞いたことがあったので、それなりに知られた方法だったのだろうか。これはこれで面倒そうだけど…


電子体温計が水銀体温計に取って代わったのはいつ頃だったのか。オムロンとテルモの公式サイトを見てみた。
オムロンは、1972年に医療機関向けとして電子体温計を発売しているが、最初の携帯電話みたいな大きな本体が別にあるタイプ。1980年に現在と見た目があまり変わらない、家庭用1号機を発売。1983年には小型化して、現在に続く「けんおんくん」となった。
テルモでは、「1983年11月病院向けに、1984年2月家庭向けに、日本で初めての「平衡温予測方式」の電子体温計を発売」し、「約1分で予測検温できるものとして市場に広く受け入れられました。」としている。

僕も、1980年代後半=昭和末=バブル期が交代時期だったと記憶している。
1980年代半ば頃に電子体温計なるものが存在するのをテレビか何かで知った。画期的な新商品というとらえかただったと思う。
行きつけだった小児科医院では、遅くとも1983年頃までは水銀体温計だったのが、1988年にはテルモ製の電子体温計(HOSPITAL USEとあったので医療用)に代わっていたか。
我が家でも、同じ頃に電子体温計をもらって、使い始めた。それも残っている。電池が切れているけれど。
下がそれ。日焼けしています
本体が厚く(太く)、表示部が小さいものの、現行とそんなに違和感はない。見づらいが、これもTOSHIBAロゴがある。
裏面表示
水銀体温計にはなかった、昔からの「東芝傘マーク(参考記事)」も記される。
「EMT-1」という機種。1というからには、電子体温計初代機種なのだろうか? 「株式会社東芝」とともに「製造 東芝硝子株式会社」も記され、水銀から電子へ製造が引き継がれていた。

上記の通り、東芝硝子を継承したAGCでは体温計は作っていなそう。
東芝としては、2000年11月の情報として「EMT-7」という製品が存在した(その時点で製造終了済みの可能性も)。
さらに婦人用体温計「HT-201」というのが2016年時点で株式会社東芝から発売されていた。その他ライフサイエンス事業を一括して、同年5月31日をもってTDK株式会社へ譲渡されている。2024年時点では、HT-301がTDKから出ている。

このEMT-1がいまいち。予測式だったのだと思うが、誰が測っても平熱が35℃台と表示され、こんなモン信用ならんと、水銀体温計に戻ってしまい、それが今も残っているのだった。だから、その数年後に接した医療機関の電子体温計が、信頼性の高そうな値を表示するのには驚いた。

ちなみに、東芝同様何でも作るパナソニック(旧・松下電器産業)グループでは、体温計を製造していた(いる)とは見聞きしたことがない。
調べると、現在はなさそうだが、かつては松下電工(現・パナソニック電工)から、ナショナル(National)ブランドの体温計が発売されていた。一般的な電子体温計(EW237P)と女性用が「はいなんど」、耳で測る「ミミタッチ」もあり、型番はいずれも「EW」で始まる。EW237Pは2003年頃の製品のようだ。【4日補足・松下グループで水銀体温計を作っていたという情報は見当たらなかった。】


若い人たちは黒電話のダイヤルの使いかたを知らないそうだ。現在の普及率を踏まえて考えれば当然。水銀体温計も同じことだと予想される。
以前、OHPの話題で、OHPを知る/知らない世代の境目は、昭和生まれ/平成生まれと重なるのではないかと予測していた。
体温計の場合は、遅くまで水銀体温計が残っていた家庭もあるだろうから、OHPほどはっきりとは分かれないと考えられる。昭和末生まれでも知らない人がいるかもしれないし、平成生まれで知っている人もいそう。
コメント (6)
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