萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 春の席は―another,side story

2015-12-02 02:00:02 | soliloquy 陽はまた昇る
小春日和に
周太某日



soliloquy 春の席は―another,side story

桜が咲いた、秋の桜が。

「…きれい、」

庭の陽だまり見あげて微笑んで、薄紅色やわらかい。
ちいさな目立たぬ花、それでも秋の陽透かして惹かれる。

「ちいさいから…かな、」

つぶやいて唇そっと寒風なぞる。
風また冷たくなった、日ごと冬向かう陽に周太は微笑んだ。

「秋は…なつかしいね?」

秋は懐かしい、幸せと孤独が綯いまざる。

初めてふたり山の夜を見た、黄昏それから星ふる夜。
その翌朝は初雪で、黄金のブナきらめく森であなたは記憶の底から綺麗だ。

“名前を呼んでよ?”

ほら声あざやかだ、切長い瞳の眼ざし離れない。
あの瞳は初対面つめたくて嫌いで、それなのに秋の瞳はただ優しくて美しかった。

けれど翌年の秋はもう、あなたは泣いていた。

“俺を信じられないのか周太、”

信じられるわけない、だって嘘ついたくせに?

「…なんにも言ってくれないくせに、ずるい…えいじ、」

ほら唇勝手につむぎだす、これは本音だ。
本音だから貌見て言えない、言ったら傷つけそうで恐くて噤む。

ちがう、本当に怖いのは嫌われることだ。

―僕はずるい、嫌われるの怖くて本音を言わないんだ、

ずるい自分、だからこんなことになった。

それくらい解かっている、だって見あげる花は秋の桜だ。
ちいさな一輪の寒風の花、その色に春を見つめて支えようとしている、弱虫な自分を。

「…おとうさん、僕にもプライドがあるよ?こんな…泣虫だけど、でも知りたいんだ本当のこと、」

呼びかけて花が風ゆれる、父が肯くみたいだ。
この花を愛した俤を追いかけて、たくさんの表情を記憶から起こして、そして自分を叱ってほしい。

『周、泣けることも勇気なんだよ…だから胸はって泣きなさい、自分に正直ならそれでいいんだ、』

深い優しい声が笑いかける、こんなふう父は叱るときすら優しかった。
あの笑顔いまも大好きで、逢いたくて、だから自分は無謀でも選んで警察官になった。
父の足跡ただ追いかけたくて、父の真相すべて知りたくて、唯ただ目を逸らせなくて今も道を選ぶ。

さあ、もう新しい時間が始まる。

「お父さん、僕はね…お父さんとお祖父さんと同じ世界を見に行くよ、こんどは…もっと逃げられない世界だね?」

笑いかけ見つめる桜に春かさなる。
これは秋の桜、もうじき冬が来て雪が降る、その冷厳こえて春の桜は咲く。
そのころ自分は夢だった場所に居るのだろう、そのとき隣に居てほしいけれど、でもあなたはどこにいるだろう?

「…うそつきえいじ、」

声そっと呼びかけて、ほら鼓動が軋む。
傷んで疼いて熱くなる、それくらい逢いたがる本音が秋の初めの声を聴く。

『どんな結論でも、俺はきっと湯原を大切に想う事は止められない。隣に居られなくても、何があっても、きっともう変えられない、』

初めての秋の夜、あなたは自分にそう言った。
ビジネスホテルちいさな部屋、狭いベッドの上、あなたは泣いて微笑んだ。
あの言葉たち全て真実だと自分は信じて、あのとき持っていた全て投げだして選んでしまった。

「えいじ…僕がどんな想いだったかわかってないんでしょ…?」

声また零れる、頬なにか冷たくつたう。
視界やわらかに滲んで花ぼやける、薄紅あわく霞んでただ優しい。

『ただ、湯原には笑っていて欲しい。どんなに遠くに居ても、生きて、幸せでいてくれたら、それでいい、』

あなたの声が微笑んで泣く。
たしかめるような口調に今なら解かる、あのときあなたも恐がってくれていた。
あの言葉たち拒絶されたらと怯えて、別れの可能性に泣いて、それでも告げてくれた想いが今更にうれしい。

「ごめんね、僕わかってなくて…だから話してほしいのに、な、」

今更だけど嬉しい、恐がってくれたこと。
だから今どうしても逢いたい、聴きたい、あなたの本音どうか伝えてよ?

そんな願いに花の樹下そっと指さき吐息ふく、明日は霜ふるかもしれない。



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soliloquy 初霜月の庭―another,side story

2014-10-31 22:00:00 | soliloquy 陽はまた昇る
言葉、彩々
周太某日



soliloquy 初霜月の庭―another,side story

黄金、それから朱色に緋色。

空の青色に色彩きらめく、視界いっぱい陽光まばゆい。
きらきら光ゆれて葉の色も変わる、そんな頭上の空に周太は笑った。

「ん、秋だね…」

季の名前に笑いかけて少し気恥ずかしい。
だって秋は自分にとって特別だ、その理由の声が呼んだ。

「ただいま周太、」

あ、予定より早く帰ってきた?
こんな予定外も嬉しくて振向き笑いかけた。

「おかえりなさい、英二…早かったね?」
「直帰したんだ、」

綺麗な低い声が笑ってスーツ姿が来てくれる。
革靴が芝生そっと踏んで、その白皙の笑顔きれいに笑った。

「お、急に紅葉したな?綺麗だ、」

見あげる切長い瞳から睫濃やかに翳おとす。
華がある陰翳は惹きこます、そんな横顔に気恥ずかしくて俯いた。

―ほんと王子さまっぽいんだもの、

幼い日に開いた絵本の挿絵たち、あの美しい貴公子がリアルにいる。
こんな考えする自分が気恥ずかしい、だってこんな発想の成人男子は「変」だろう?

―だめあんまり考えたらこんなの子供っぽいってまた笑われちゃう、でも…きれいで、

こんな想像してるなんて笑われる、でも綺麗は綺麗でしかたない。
そう思うから尚更に惹かれて見つめて、その横顔ふり向いて笑いかけた。

「周太、」
「…ん?」

呼ばれて見あげた笑顔が腕を伸ばす。
スーツの懐へ抱きこめられて、くるり視界が青と朱金になった。

「ほら周太、寝転がって見ると綺麗だろ?」

綺麗な低い声が耳もと笑ってくれる、木洩陽きらめいて額ふる。
赤い葉、金色の葉、さまざま光ひるがし舞って芝生の緑に自分に色彩ふらす。
きらきら光る葉色も抱きしめてくれる腕も温かい、この時間が幸せで周太は笑った。

「ん、きれい…でも英二ちょっとまって?」
「なに周太?」

綺麗な低い声は幸せそうに笑っている。
きっと笑顔も今すごく綺麗だろう、けれど「ちょっとまって」に起きあがり言った。

「英二、スーツの時は寝転ばないでって言ってるでしょ?草の汁で染みついちゃうんだから、」

ほら、こんなことも解らないで無邪気に寝転んでしまえる浮世離れの人、だから王子だって想ってしまうのに?


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soliloquy 時雨月、声―another,side story

2014-10-08 22:00:00 | soliloquy 陽はまた昇る
雨彩の聲
周太某日



soliloquy 時雨月、声―another,side story

雨音は好き、静かになれる。

はたり、はたたっ、硝子窓はじく音やわらかい。
リズミカルな音にページ繰りながら仰いだ先、天窓の雫紋様ひろがらす。
あの雨だれに色んな想像が楽しかった、その隣にいてくれた笑顔ふわり呼んでくれる。

『じっと見ててごらん周、雨のクラウンが見られるよ?』

ほら父の声が笑って指さしてくれる。
あの指は器用でいつも台所に魔法かけていた、その記憶は甘い香やわらかい。

『今日はクッキー焼こうか、周が好きな形にしてあげるよ?』

日々の忙しい仕事の合間、休日に父は菓子まで手作りしてくれた。
そんな父の横顔は台所でいつも楽しそうで、そして茶を飲みながら本読む貌は幸せだった。

『今日はこの本を読んでみるよ、周が好きだと良いな?』

やわらかに深い声が微笑んでページ捲ってくれる。
そこに綴られるのは異国の言葉たち、そのままと日本語でも読んでくれた。
そうして教えられた言葉と言語たちに今は独りでも本を読める、けれど今も懐かしいまま周太は微笑んだ。

「お父さんの朗読、すごく好きだよ…今も聴けたらいいのにね、」

願い微笑んで、けれど声は帰って来ない。
それでも父の友人が教えてくれた、母も言ってくれる、だから唇開いた。

「The day is come when I again repose…」

The day is come when I again repose 
Here, under this dark sycamore, and view 
These plots of cottage-ground, these orchard-trufts, 
Which at this season, with their unripe fruits,
Are clad in one green hue, and lose themselves 
‘Mid groves and copses. Once again I see

再び安らげる時が来た日
ここ、楓の木下闇に佇んで、そして見渡せば
草葺小屋の地が描かすもの、果樹園に実れる房、
この季節にあって何れも、まだ熟さぬ木々の果実たちは、
緑ひとつの色調を纏い、そしてひと時に消えて移ろいゆく
木々と森の中深くから。今また見えるのは

父が愛した英国の詩を自分の声が読む、この声は父譲りだと誰も言う。
けれど自分の声だと似ているのか解らなくて、それでも父の声だろう。

『今の詩はね、周?楓の木のことを謳っているんだよ、あの窓からも見えるね、』

書斎で、庭のベンチで、そしてこの屋根裏の小部屋。
いろんな場所で父は朗読してくれた、あの笑顔のまま今あの窓に楓は見える。
あの幸せだった時間と同じ本を開いて同じはずの声に読んで、階下からオーブンの香があまい。

だから今この詩に声はきっと懐かしい、幸福な時間のままに。

心温まる生活27ブログトーナメント

 


【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」】

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soliloquy 睦月元旦―another,side story

2014-01-01 20:39:26 | soliloquy 陽はまた昇る
夢、小春日和の夏へ
周太9歳元旦




soliloquy 睦月元旦―another,side story

ふわり、陽だまりの風に前髪ゆれて額に光射す。

庭木立を仰いだ視界に梢がゆれる、その木洩陽まぶしくて瞳細まらす。
いま葉を落した木々は枝模様が綺麗で、それでも見える新しい息吹に周太は笑った。

「ね、お父さん…見て、梅の木にもう蕾ついてる、」

笑いかけ指さして、白い吐息あわく青空へ昇る。
麗らかな光ちいさな紅色の蕾を照らす、そんな梢に父は微笑んだ。

「ほんとだね、もう花芽がついてる…梅も迎春なんだね、」
「げいしゅん?」

新しい言葉に見上げた先、ウールのお対姿が陽だまり笑ってくれる。
午後の陽やわらかに黒髪ゆらせて穏やかな声は教えてくれた。

「昔は一月を春の初めの月にしていたんだよ?お元日は春を迎える日だから迎春とも謂ってね、だから年賀状も迎春って書いたりするんだ、」

そういえば今朝も「迎春」をいくつか見たな?
そんな記憶の漢字から周太は訊いてみた。

「お父さん、秋や冬のあったかい日を小春日和なんて謂うよね?あれと迎春はすこし似てるね?」
「そうだね、同じ春って書くから…でもすこし違うところもあるかな、」

笑いかけてくれながら思案するよう切長い瞳が見つめてくれる。
こんな貌のとき父は新しいことを話す、その楽しみに見あげた向こう穏やかな声が微笑んだ。

「小春日和の小春は春と似てるって意味で、元日の迎春は新しい春って感じなんだ…春のソックリさんと初めましての春って感じ、かな」

そっくりさんと初めまして。
そんな言い方が楽しくて周太は父の袂に抱きつき笑った。

「お父さん、そっくりさんと初めましてって楽しいね?ね、だったら今、僕は春と初めましてしてるんだね、」
「うん、そうだね?そうだ、」

笑って切長い目がふわり明るく燈る。
なにか愉しいことを思いつく、そんな笑顔が木洩陽のなか提案してくれた。

「周、来年は山のお正月しようか?お母さんも一緒に、家族三人で、」

山のお正月、ってなんだろう?

聴いた言葉に鼓動ひとつ弾んで楽しくなる。
父の提案なら楽しいはず、この信頼に笑いかけた。

「山のお正月って楽しそうだね?どんなことするの?」
「大晦日に山へ登って泊るんだよ、それで山の頂上からご来光を見るんだ。元旦の山は空気が澄んでね、本当に綺麗だよ?」

話してくれる笑顔は嬉しそうに明るくなる。
こんなふう父が笑う時はきっとそう、愉しい確信に周太は訊いてみた。

「ね、お父さん…山のお正月をね、ソネット18のひとも一緒にしたんでしょ?」

But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st,
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、清らかな貴方の美を奪えない、

英国詩になぞらす「貴方」は「友達よりも近くて大切」だと父は教えてくれた。
そんな大切な人が自分や母の他にも父にいる、けれど今は逢えずにいるらしい。
逢えなくて、けれど「貴方」の記憶を語る笑顔はまばゆい夏の陽を見つめさす。
だから今も語る記憶は「貴方」だろう?そんな確信へ父は綺麗に笑ってくれた。

「うん、そうだよ?大学生の時、一緒に山のお正月をしたんだ…あのとき楽しくて幸せだったから、周とお母さんと一緒にしたいんだ、」

きっと、父のいちばん輝いた元朝は「貴方」だった。

そう頷けてしまうほど今も切長い瞳は幸せに笑ってくれる。
こんなふう父を笑顔にしてしまう「貴方」はどんな人なのだろう?
そんな思案と見あげる父の笑顔は今、正月の朝の庭にも夏のよう温かくてまばゆい。




Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

 貴方を夏の日と比べてみようか?
 貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
 荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、 
 夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
 天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
 時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
 清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
 偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
 けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
 清らかな貴方の美を奪えない、
 貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
 永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
 人々が息づき瞳が見える限り、
 この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。






【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】

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soliloquy 詠月―another,side story

2013-10-23 22:30:25 | soliloquy 陽はまた昇る
parole あなたの言葉に



soliloquy 詠月―another,side story

ほら、変えられない着信音が響いて、鼓動ごと自分を掴む。

テスト訓練の疲労から動けないベッドの上、けれど掌は携帯電話を握りしめる。
もうメールも電話も出来ないと告げたのは自分、それなのに今こうして着信音が呼ぶ。
そうして自分の本音は喜んで掴んだ携帯電話、もう画面を開いてメールの言葉が惹きこんだ。

From :周太
suject:おつかれさま
本 文:晩飯は焼魚だったけど何か解らなかった、周太に訊きたいって思ったよ。
    周太は晩飯なに食べた?ちゃんと飯食ってよく眠ってくれな、
    今、おやすみなさいを言えた一昨日の自分に嫉妬してる。

「…英二、」

ぽつん、かすかな声こぼれて名前になる。
本当は昨日も呼びたかった大好きな名前、けれど呼べなかった。
名前を呼んだら全てが崩おれそうで、それは出来なくて隔てるよう名字で呼んだ。

『宮田、見送りに来てくれたんだ?』

宮田、そう呼んだのはどれくらいぶりだろう?

最期に呼んだのは去年11月、奥多摩の山に登るときだった。
あの大きなブナの樹を仰いで見つめて初めて名前を呼んだ、あのときから名字は呼んでいない。
けれど昨日の朝には名字で呼んだ、そして一昨日の夜ごと記憶に籠めた想いは温かすぎて、忘れられない。

『周太…ずっと好きだ、逢えなくても一緒にいるって信じてる』

一昨日の夜に告げてくれた声、香、眼差し、その全てが深くから呼びかける。
あのとき見つめあえた心も体温も信じていたい、けれど今はもう知ってしまった真実に予兆が裂く。

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る

そう書き遺した祖父は殺人を犯した、それは多分、事実だろう。
その事実をいつか自分は英二に告げる、そのとき英二は何を想うだろう?
もしかしたら英二は全てを知っているのかもしれない、それでも、本当に事実だと知ったら?

―それでも英二、お祖父さんを好きになれる?お父さんのことも赦せるの、あのひとのことも…赦せるの?

あのひと「彼」を英二が赦せるのか?

そのこと一つが気懸りで、だから巻きこむなんて出来ない。
それでもいつか事実は告げなくてはいけないだろう、そのとき裂かれるかもしれない。
ふたり結んだ沢山の約束は一年前からふり積もる、けれど夏七月に全て本当は壊れたかもしれない。

それなのに一昨日の夜、幾度も告げてくれた言葉に縋りたい願いは泣きたくて今、メールの言葉にゆらされる。

“今、おやすみなさいを言えた一昨日の自分に嫉妬してる”

こんなふう言ってくれるなんて、信じたくなるのに?
こんなふう言われたら言いたくなる、今すぐ電話して声で言いたい。
唯ひと言で良い、唯ごく普通の一言を告げることを叶えて、一瞬でも幸せになりたい。

「…おやすみなさい、えいじ?…」

唯ひと言を声にして名前を呼んで、けれどボタン一つ押せない。
このまま電話して声を聴いてしまったら毎晩ずっと電話は鳴るだろう、それが哀しい。
そのまま毎晩ずっと声を聴いてしまったら怖くなる、未練が絶てなくなる、だから「いつか」まで待ってほしい。

「…おやすみなさい、ごめんね?…ごめんね英二、」

小さな声で微笑んで画面を切り、そのまま携帯電話そっと握りしめた。
本当は返したい声、返したい言葉、けれど伝えられない電話に泣きたくなる。
それでも自分で決めた道に微笑んで起きあがり、吉村医師に贈られた一冊を取るとデスクに着いた。






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soliloquy 木染月,eternal summer ―another,side story

2013-08-01 09:00:43 | soliloquy 陽はまた昇る
永遠、夏の一日 
周太6歳の夏



soliloquy 木染月,eternal summer ―another,side story

光ゆらめく緑の木蔭、優しい香が3つ頬撫でる。

ひとつに樹木の息吹へ涼ます夏の風。
次に藍染めの清しい渋み、そして穏やかな重厚に甘い父の香。
どれもが自分には馴染みで優しくて、大好きな香たちに寛ぎながら周太は微笑んだ。

「ね、お父さん…ここは風が気持いいね、光も綺麗…ここにベンチ作ったのって、風と光が良いから?」

いま座る庭のベンチは確りとした木造りが温かい。
これを父が造ったのは母の為、そう聴いていることも嬉しくて笑いかけた真中に綺麗な笑顔ほころんだ。

「ん、そう…だから周の木も近くに植えたんだ、」

穏やかな声が笑って答えてくれる。
その言葉にくすぐったくて嬉しくて周太は藍染の袖に凭れかかった。

「僕の木、ちっちゃいのにお花、ちゃんと毎年咲くね…ね、今年も咲いてくれる?」
「うん、きっと咲くよ?周の山茶花は雪にも咲く強い花だから…ほら、今も熱い太陽にだって元気だよ、」

やわらかなトーンが微笑んで向うを指さしてくれる。
長い指の示す先、常緑の葉は孟夏の太陽きらめかせ風ゆらす。
炎天にもまばゆい自分の木が嬉しくて、周太は父を見上げ笑いかけた。

「ね、お父さん…夏って暑いけど木蔭は涼しいし、葉っぱもつやつやで綺麗だよね…僕、夏も好き、」

大好きな樹木が緑の豊穣に輝く季、この今の季節も慕わしい。
そんな想い笑いかけた真中で、きれいな切長い瞳が愉しげに微笑んだ。

「ん、お父さんも夏は好きだよ…日本の夏も、い…」

言いかけて、ふっと父の声が途切れた。
かすかに披いた唇は言葉を消して、その空白へ馥郁の風涼やかに揺れてゆく。
ゆるやかな木擦れの葉音に風が吹く、見あげる父の髪へ木洩陽きらめいて藍染の衿を透かす。
静かな風と光に次の言葉を待って見つめる、そんな静謐に切長い瞳が穏やかに微笑んだ。

「イギリスの夏の詩があるんだ、シェイクスピアだよ…読んでみようか、」

膝の本にページを繰り、アルファベットの綴りを長い指で示してくれる。
やさしい白の紙面に父は微笑んで、穏やかな声に異国の言葉を口遊んだ。

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

14行に綴らす朗誦は風ゆるやかに透り、緑涼やぐ木洩陽に優しく響く。
音楽のような異国の言葉を謳った声は、今度は母国の音を口遊んだ。

 貴方を夏の日と比べてみようか?
 貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
 荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、 
 夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
 天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
 時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
 清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
 偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
 けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
 清らかな貴方の美を奪えない、
 貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
 永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
 人々が息づき瞳が見える限り、
 この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。

慣れ親しんだ言葉に紡がれる詩は「あなた」への想いを謳う。
この想いが眩しくて瞳細めて見あげる父の貌は、どこか遥かな遠くへ微笑む。
いま聴いた深い声の口遊みを心反芻する隣、切長い瞳がすこし恥ずかしげに笑った。

「この詩はね、周…シェイクスピアが愛する人に捧げる気持ちを詠っているんだ、」

見あげる緑翳きらめくなか穏やかな笑顔は澄んで温かい。
涼やかな風が父の袂ひるがえす、陽に透ける夏衣の風は藍を凛と薫らせる。
穏やかな夏の朝の庭、いつもどおりの夏に座りながら父の言葉に心くすぐったい。

―あいするひとにささげるって、学校でみんなが言ってたお手紙のことだよね?

入ったばかりの小学校でそんな話を聴いてきた。
それに興味はやっぱりある、けれど自分には何だか照れてしまって友達に訊き難い。
けれど優しくて博学な父なら丁寧に教えてくれるはず、そう思うけれど羞んで見る父の膝でページが風ゆれた。

―詩が空で踊ってるみたい…紙の白い雲と、浴衣の青いろの空と、ね?

風ゆれる14行の詩はページの雲に舞い、本載せる藍色の爽やかな空に言葉を薫らす。
そんな本も父の笑顔も愉しげで嬉しいまま思い切って訊いてみた。

「ん…じゃあらぶれたーってこと?」

質問しながら覚えたての言葉が気恥ずかしい。
この言葉を聴いてきた日は屋根裏部屋で辞書を広げた、だから意味を幾らかは知っている。
少し解かりかけの「らぶれたー」に羞んでシャツのボタンいじる隣で父は涼やかに笑った。

「ん、確かに愛の手紙だね、シェイクスピアが大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、」

大切な人に贈った手紙みたいな詩。
その言葉がなんだか嬉しいまま大好きな笑顔を見上げた。

「お父さん、れんあいじゃない…らぶれたーってあるの?」
「ん、あるよ、」

穏やかな声に微笑んで父が膝の本を持ち上げてくれる。
どうぞ?そんなふう綺麗な笑顔を向けて大好きな場所が自分を呼ぶ。
いつも通りの大好きな仕草に嬉しく笑って浴衣の膝へ登ると、切長い瞳は涼やかに微笑んだ。

「家族とか友達とかね、大切な人へ大好きって気持を書いた手紙…真心を贈る手紙はね、どれもラヴレターだよ、」

真心、この言葉は前に教わって知っている。
この言葉にある想いが嬉しくて周太は大好きな父に笑いかけた。

「お父さん、お母さんにはらぶれたーあげたんでしょ?…れんあいだけじゃないなら、いつか僕にもくれる?」
「ん、そうだね、いつか周にも贈りたいな、」

深い澄んだ声で笑いかけてくれながら、長い指に髪を梳いてくれる。
いつもながら優しい手が嬉しくて、嬉しい気持ちのまま周太は想った通りを声にした。

「ね、お父さん…お母さんと僕の他にもらぶれたー贈りたいひと、お父さんいるんだね?」

笑いかけた真中で、切長い瞳がすこし大きくなる。
その涼やかな睫ゆっくり瞬いて、父は幸せな笑顔ほころばせた。

「ん、いる…大切な人がいるよ、僕には、」

ほら、やっぱり父には大切な人がちゃんといる。
大好きな父が大好きだと想える人、そんな人が家族の他にもいてくれる。
父をこんな笑顔にしてくれる人が嬉しい、嬉しくて周太は藍染めの肩にくっついて笑った。

「ね、どんなひとなの、お父さんの大切なひと、」
「ん、そうだね…」

可笑しそうに笑って切長い瞳が頭上を仰いだ。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光へ瞳細めて父は綺麗に笑った。

「夏みたいな人だね…うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、」

緑きらめく庭の梢に微笑んで、澄んだ瞳へ夏の空が映りきらめく。
遠い懐かしい貌を見つめている、そんな笑顔は綺麗で見惚れながら周太は訊いてみた。

「すてきなひとだね、お父さんのお友達なんでしょ?」
「ん…友達よりも近くて大切だね、いろんな気持があるから、」

穏やかな笑顔ほころばせ素直に答えてくれる、その声がいつもよりどこか明るい。
きっと「うんと明るくて」夏のような人の所為、そんな人が嬉しくて父の瞳に笑いかけた。

「ね、僕も会ってみたいな、夏みたいな山のひと…僕とも仲良くしてくれるかな?」

父の大切なひとに自分も会ってみたい、そして話を聴いてみたい。
こんなふう父を笑わす人の言葉を自分も聴いてみたい、そんな願いの真中で切長い瞳が笑った。

「ん、きっと仲良くなれるよ?…周だったら会えると想うよ、いつかきっと、」


【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】

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soliloquy 花残月―another,side story「陽はまた昇る」

2013-04-21 01:48:12 | soliloquy 陽はまた昇る
足元の花、陽だまりにて



soliloquy 花残月―another,side story「陽はまた昇る」

ふと立ち止まる道の片隅、植込の根元に薄紅いろ咲いている。

もう花の季は過ぎ去ってゆく、それでも地と接する境に桜は咲いている。
こんな所からも花開くんだ?そんな発見が嬉しくて周太はしゃがみこんだ。

―きれいだね、もう春も終わりなのに偉いね、

心裡ひとり笑いかけ小さな花を見つめて言祝ぐ。
見あげる梢には緑あわい葉が繁らせて、もう薄紅色は残りも少ない。
それでも根元の花はあざやかな色に咲く、そこに凛々とした実直がまぶしい。

梢の花は見上げられる花、けれど根元に咲く花は仰がれる事など無いだろう。
黒い木肌に抱かれて目立たぬ小さな花、その一輪にこそ心惹かれて一輪の為に立ち止まる。
もし梢に花咲けば仰がれ褒められるだろう、でも豊かな花枝の一輪を一輪の花として見るだろうか?

―きっと足元の花の方が見つめて貰えるね、

きっとそう、足元の目立たぬ花の方が多分、たった一人には見つめて貰えるはず。
きっと梢の花は大勢の人に仰がれ見られるだろう、その人数は多いけれど唯一輪を見つめるのではない。
大勢に仰がれても「唯一輪」では無い花か、誰に気づかれなくても唯ひとりに見つめられる一輪の花なのか?
そんな姿に自分の想う相手と自分自身との生立ちが重ねられて、過ぎ去り戻せない時の記憶から哀切は温かい。





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soliloquy,Lettre du future 帰やりの風―another,side story

2013-01-31 09:20:00 | soliloquy 陽はまた昇る
君待ちて、ふたり 



soliloquy,Lettre du future 帰やりの風―another,side story

山風が、黄昏を夜に染める。

ゆるやかな薄紅ひいた空が縹色の薄暮を降らす、稜線は濃く闇になる。
渓谷から吹きあげる風に氷の気配が香りだし、周太は隣の少年に笑いかけた。

「寒くない?ちょっと気温が下がりだしたけど…、」
「はい、だいじょうぶです、」

哀しげでも笑ってくれる白皙に、もう紅潮が頬あかるます。
冷たい風の気配に寒いだろう、すこしでも温めたくて掌を差しだした。

「手を繋ご?素手で、僕も寒いから…繋いだらあったかいから、」

差し出した手を少年はすこし途惑うよう見てくれる。
もう小学校4年生だと、男の子は手を繋ぐなど恥ずかしいだろうか?
そう気がついて困りながら周太は笑いかけた。

「もう4年生だと、手を繋ぐとかしないのかな?ごめんね、…僕は繋いでたから言っちゃたんだけど、」
「ううん、」

ちいさく頭を振って少年は、ぎゅっと縋るよう周太の手を繋いだ。
大きくなり始めた白皙の掌、けれどまだ柔かに子供の手のままでいる。
その大きさと温もりに心ごと切なく掴まれて、少年の想いに自分の過去が重なった。

―傍にいてあげたい、独りぼっちで泣くの哀しいから、

そっと心が願いごと言って、覚悟がゆっくり生まれていく。
生まれた覚悟ゆるやかに心ひろげて温かい、その想い正直に笑いかけた。

「あのね、夕飯は何が良いかな?家にあるものでだけどね、工夫して何でも作ってあげるよ?」
「…え、」

驚いたよう見上げてくれる、その綺麗な目がどこか懐かしい。
誰と似ているのだろう?ふっと想いかけた向こうで少年が遠慮がちに訊いてきた。

「あの…お家にお邪魔して良いんですか?」
「ん、そうだよ、」

頷いて笑いかけ、並んで橋を渡っていく。
その河原ゆれる尾花が鳴るのを聴きながら、周太は応えた。

「このあたりはね、泊まれるところも少ないから…色々と落ち着くまで家に泊まってもらおうって、」
「あの、さっきの交番の人のお家って僕、聴いてたんですけど、」

すこし途惑いながら訊いてくれる、その言葉が可愛くて笑ってしまう。
交番の人、確かにそう言う事になるだろうな?そう納得しながら周太は頷いた。

「ん、その交番の人のお家だよ?…僕ね、あのひとの家族なんだ、だから同じ家に住んでるの、」
「そうだったんですね、」

ようやく意味が分かった、そんなふう笑ってくれる。
けれど関係や何かを説明することは難しいな?すこし困りながら周太は質問を戻した。

「ね、夕飯なにが食べたいかな?好きな物、なんでも言って?ごはんでもお菓子でも、好きなの何でも作るよ、」

問いかけに少年は首傾げて、考えながら歩いてくれる。
いま本当は食欲なんて無いだろう、そう解っているけれど少しでも食べてほしい。
そんな願いごと笑いかけた隣、少年はすこし笑ってくれた。

「じゃあね…オムライスが良いです、それからオレンジジュース飲みたい…っ、」

言葉の最後が、嗚咽に変る。

ずっと堪えていた気丈な心、それが崩れて幼い哀しみがあふれだす。
吹いていく山風に涙はなびいて黄昏に散る、その涙は誰に届けたいと願いが哀しい。
この痛みも苦しみも自分は誰より知っている、あの日の自分が今この隣で泣いていく。

―あのときの僕は…ね、どうしてほしかったの?

そっと幼い日の自分に問いかける、その心へ桜が吹く。
春の闇、白い布団に眠る貌、真昼の空、それから夜と朝と永訣の昼。
あの全ての時に自分が求めた事は、なんだった?

―縋りたかったんだ、ぜんぶを任せて泣けるところが欲しかった、

幼い自分の願いに今、応えてあげたい。
穏やかに微笑んで周太は少年の前に片膝ついて背中を差し出した。

「おいで?」

笑いかけて肩越し振り向いて登山ウェアの二つの腕を引寄せる。
小柄な自分にとって小学4年生の体は大きい、けれど背負う力は充分にある。
体重を背中に載せて腕を首まわさせると少年を背負い周太は立ち上がった。

「おんぶするとね、お互いに温かくていいかなって…どう?」
「…ん、…っ、はい、」

肩越し笑いかけて歩きだす、その肩に泣顔を載せてくれる。
その涙ごしに頬よせて、前向きながら周太は穏やかに話しかけた。

「帰ったらお風呂であったまろうね…ウチのお風呂、ちょっと広いから泳げるよ、」
「…はい、…あ、りがと…ぅ、」

微笑んだ気配、けれど泣き出していく。
そっと頬よせてくれる狭間、ゆっくり熱こぼれて頬伝っておちる。
ダッフルコートの肩に泣きだす心を受け留めて、今、泣いている頬に自分の瞳にも涙が温かい。

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soliloquy,Lettre du future 風花―another,side story「陽はまた昇る」

2013-01-13 23:51:17 | soliloquy 陽はまた昇る
風に舞う夢、5年後から 



soliloquy,Lettre du future 風花―another,side story「陽はまた昇る」

ふわり、空から白銀が舞い降る。

青い空、けれど雪のかけらは風ひるがえし次々と降る。
高く澄みわたる蒼穹に白銀きらめく、その一片が掌に舞い降りた。

「見て?風花だね、」

嬉しくて笑って見せた掌に、少年は首傾げこんで覗きこむ。
青い毛糸の手袋に雪の花は輝く、はかなく強い冬のかけらへと少年は瞳を瞬いた。

「これ、かざはなって言うの?雪じゃないんだ?」
「ん、積もった雪がね、風で飛ばされたものを風花って謂うんだ…花びらみたいでしょ?だから風に花って書くんだよ、」

笑いかけた先、少年は熱心に風花を見つめている。
その横顔に大切な面影を見て、なにか温かな想いに微笑んだ。

…血は繋がらなくてもね、同じご飯を一緒に食べてると似てくるのかな?本当の家族みたいに、

心の独りごと想いながら、ふっと、もう1つの俤が少年の空気に重なった。
いま見つめていた面影と似ていて、全く違う人がまとう不思議な雰囲気が少年にある。
そんな共通点を見つめる隣、山風のおろしに少年のマフラーがほどけて青空に舞い上がった。

「あ、…」

ちいさな声をあげ、腕を伸ばして紺色のマフラーを掴む。
風に舞う温もりを手にして微笑むと、少年の前に屈みこんで笑いかけた。

「ちょっと風が強いね?…ほどけにくい様に巻き直してあげるね、」
「うん、お願いします。あの、」

何て呼ぼうかな?
そんな途惑いと羞みが、冷たい風の紅頬に可愛らしい。
まだ幼い笑顔、それなのに大人びてしまった途惑いが傷んで、けれど穏やかに答えた。

「俺のこと、好きなように呼んでね?名前で呼んでくれても良いし、」
「じゃ、…兄さん?」

自分を兄と呼んでくれるの?

なんだか面映ゆくて、けれど素直に嬉しい。
一人っ子の自分にとって兄弟たちが呼び合う姿は羨ましかった。
それをこの少年は、自分に求めてくれるのだろうか?マフラーを巻いてやりながら質問と微笑んだ。

「あのね、俺のことお兄さんって呼びたいの?」
「うん、」

素直に頷いてくれる白皙の貌は、紺色のマフラーが映える。
透けるよう明るい瞳が愉しげに笑って、率直に言ってくれた。

「俺ね、兄さんって憧れていたんです、ひとりっこで親戚もいないから。だから、そう呼びたいんだけど良い?」

一人っ子で親戚もいない、そんな少年の現実に幼い自分が重なり合う。
この孤独から見つめる願いはきっと、自分たちは同じだろう。この同じに繋がりを見つめ微笑んだ。

「ん、良いよ?俺もね、ひとりっこで親戚とかいないから兄弟って憧れてたんだ…俺たち、同じで一緒だね?」

同じで一緒、だからきっと自分たちは大丈夫。
そう確信を想いマフラーを巻き終えて、笑いかけた先ふわり馥郁が香った。

…この香、って?

よく知っている、あまくて優しい清雅な香。
香の俤に微笑んで、見つめた少年の瞳は幸せに笑っていた。






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soliloquy 建申月act.7 Rose hivernale ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-19 00:29:48 | soliloquy 陽はまた昇る
容、それぞれの視点と想い
第58話「双璧9」幕間です



soliloquy 建申月act.7 Rose hivernale ―another,side story「陽はまた昇る」

落葉松の純林は、黄金色にページを彩らす。

渋みの金色あざやかに紙面を染めて、去年の秋を思い出さす。
この街から電車で2時間もかからない森、その場所での幸せな記憶に周太は微笑んだ。

「手塚、これって奥多摩の森でしょ?…雲取山の野陣尾根の落葉松だと思うんだけど、」
「どれ?58ページな、」

横から覗きこんで、日焼けした指が索引ページを開いていくれる。
そこに表記された地名へと、愛嬌の笑顔は明るくほころんだ。

「当たりだ、すごいな湯原?よく解ったな、」
「ん、だって行った事あるからね、」

なんでも無いことだと笑って、オレンジの缶酎ハイに口付ける。
ほろ酔い加減が気分いいな?楽しい気持ちに缶を傍らに置いた隣、缶ビール片手の友達は瞳ひとつ瞬いた。

「もしかして湯原って、一度行った事ある場所を正確に記憶するタイプ?」
「ん?タイプっていうか…みんなそうじゃないの?」

驚いたよう訊かれて、不思議になってしまう。
なんでそんなに驚くのかな?首傾げこんだ肩を、ポンと軽やかに叩くと手塚は笑ってくれた。

「すごいな、ソレって樹医になるには有利な才能だよな、もしかしてイラストにも描けたりする?」
「あんまり細かいとこは難しいけど、大体ならね?」

答えながら缶に口付けてオレンジの香を楽しむ。
酎ハイって初めて飲んだな?思いながらページをめくった前に、画用紙と鉛筆が差し出された。

「湯原、さっき見た白神山地のイラスト描いてみなよ、」
「ん、ブナの林だよね?」

答えながら軽く首傾げて、さっき見た森を思い出す。
大きなブナの木肌や梢が心に浮んで、その通りに画用紙へと線を引いていく。
ざっくりとしたタッチで形をとり、記憶の限りで幹の斑と葉を描いて友達に差し出した。

「大雑把だけど、ごめんね?」
「いや、大したモンだろ?へえ、ほんと同じだな?」

写真集のページと照合して、感心気に笑ってくれる。
こんなふう森の絵を誰かに見せることは、そう言えば何年振りだろう?

…お父さん亡くなってから、ずっと描いてなかったかも?

あらためて気がついて、幼い日に抱いた樹医の夢に申し訳ない気持ちにさせられる。
ずっと夢も置き去りにしていた記憶喪失に、今更ながら困った実感が込みあげて何だか可笑しい。
可笑しくてオレンジ酎ハイを片手に笑った周太へと、手塚も一緒に笑ってくれた。

「イラストも巧いし、フランス語も英語も出来てさ、湯原って多才なんだな?」

自分が多才?

そう言われて驚いてしまう、才能と呼べるものが自分にあるのだろうか?
努力しか自分には無いと思っていたのに?そんな途惑いと、けれど素直に嬉しくて周太は微笑んだ。

「そんなでも無いと思うけど、でもありがとう、」
「そんなでもあるよ、」

缶ビール片手に笑ってくれる、その気さくな笑顔が愉しくなる。
愉しい気持ちに微笑んで、けれど褒められた面映ゆさに困りながら、何げなく書棚の一冊を引き出してみる。
他より薄い写真集を手にとって、その表紙の意外さに周太は友達へと笑いかけた。

「手塚、木とか花がメインの写真集が多いのに、これは違うんだね?」

手にとった写真集を示した先、眼鏡の奥で目が大きくなる。
ちょっと驚いた、そんな貌をしてすぐ愉快に手塚は笑いだした。

「もしかして湯原、エロ本って初めて見た?」

それって何だろう?
あまり聞きなれない単語に首傾げながら訊いてみた。

「ん、こういう本は初めて見るけど、人体のデッサン用の本?」

何げなく広げたページ、美術の教科書で見た裸婦像が写真になっている。
こういう本を見てデッサンするんだろうな?そんな納得をした前で友達は笑いだした。

「ちょ、湯原、もしかして冗談言ってる?ははっ、」
「冗談を言ってるつもりはないんだけど、俺、なんか変なこと言ってる?」

どうして笑うのかな?
よく解らないけど、手塚の笑顔に愉しくなってくる。
なんだか可笑しくて愉しくて、一緒に笑いだした周太に手塚が尚更笑った。

「あははっ、なに湯原、笑っちゃってるけど、やっぱり冗談だった?」
「ううん、冗談とか言ってるつもり無いけど、なんか可笑しくって笑っちゃうね、」

なんだか解からないけれど、愉しいな?
ただ可笑しくて笑っていると、手塚がページをめくって訊いてきた。

「湯原ってさ、どんな娘がタイプ?」
「ん?…手塚は?」

タイプの女の子とか考えたことが無いな?
ちょっと困りながら訊いてみた先、悪戯っ子の笑顔がページを広げて指さした。

「この娘とか好きだな、俺、」

言われて見た先、服を着ないで女の子が鉛色の海辺にしどけなく横たわっている。
なんだか寒々しい空と格好に、気の毒になって周太は首を傾げた。

「なんか寒そうだね?砂も冷たそう…モデルって大変だね、風邪ひかないかな、」

知らない人だけれど心配になってしまう。
きっとプロとして当然のことなのだろう、でも人間なら裸で外は寒いだろうに?

…英二は服を着ているモデルだから良かったよね?

英二もモデルをしていた時がある、その写真はどれも振袖姿だから良かった。
いわゆる女装だから本人は恥ずかしがっている、けれど綺麗だから良いのにと自分は思う。
でも女の子の恰好はやっぱり困るかな?考えながら花の写真集を開いた周太に、愛嬌の貌が笑いだした。

「湯原ってさ、本当にピュアで良いよな?女の子にモテるだろ、今年のバレンタインは何個もらった?」

全部で幾つだったかな?
考えながら写真集のページをめくり、数を思い出す。
そんな手許に現われた冬薔薇に、ふっと惹きこまれて周太は微笑んだ。

「全部で9個かな?ね、俺、この子は好みだよ、」

クリアな印象の薄紅いろ、ほころびかけの冬薔薇のつぼみ。
寒空にも顔をあげた凛々しい姿が愛おしい、そんな冬の花に心惹かれる。
強く潔い冬の花と似た人は好きだな?そんな想い笑いかけた周太に友達は愉しげに笑ってくれた。

「うん、俺もこういう花は好きだな。こんな感じの女の子いたら、俺のストライクだな、」
「ね、凛としてるのに優しくて、綺麗だよね?」

友達も同じよう、好きだと言ってくれる。
それが嬉しくて笑った周太に、陽気な悪戯っ子が笑いかけた。

「で、女の子はどんな娘が好きなんだよ?」
「あ、…ん?」

訊かれて考え込んでしまう、どういう女性が自分は好きだろう?
そう考えて浮んだのは母の笑顔と美代だった。

…お母さんは大好きだけど、手塚が訊くのはそういう意味じゃないよね?美代さんも友達だから違うんだろうな?

たぶん「恋愛対象になる女性」を手塚は訊いている。
けれど自分の婚約者は女性ではない、何て答えて良いのか困っていると明朗な声は訊いてきた。

「小嶌さんは彼女じゃないんだよな?でも、かなり可愛いと思うけど。好みとは違うワケ?」
「ん、俺も可愛いと思うよ?でも好みって、れんあいたいしょうって意味なんでしょ?」

答えながらも感心してしまう、やっぱり美代は「かなり可愛い」と想われるんだな?
けれど美代は服装はきちんとしても、自身の容貌をそう気にしていない風で化粧も淡い。
むしろ自身の知識や能力を美代は気にする、そうした克己心が話していて楽しい。そう考え廻らす前で手塚が笑った。

「もちろん恋愛対象って意味だよ?小嶌さんは湯原にとって、そういう対象になり得ない?」
「そうだね、恋愛とは違うと思う…話していて本当に楽しいけど、どきどきとかしないし。美代さんも同じだと思うよ?」

思ったままを正直に答えて、缶に口付ける。
ふわり柑橘の爽やかな甘みが美味しい、すこし熱くなる喉の感じも楽しくなる。
あまり話した事のない話題もなんだか楽しいな?そう笑った周太に手塚も笑ってくれた。

「湯原、ドキドキとかって感覚は知ってるんだな?じゃあさ、ドキドキするのはどんなタイプなんだよ、」

さっき見ていた『CHLORIS』のひとです。

そう心裡で答えて、首筋が熱くなって鼓動が弾む。
けれど英二は男性だから、今の質問の答えにはならないだろう。

…それ以前の問題として、ね?男同士でっていうのは手塚、どう想うんだろう?

心の問いに、すこし怖くなる。
同性の恋愛は偏見も多いと自分でも調べて知っている、それが心を重くしてしまう。
けれど、このまま本当の友達になっていくのなら、いつか話さなくてはいけない日が来る。

…そのときには嫌われるかもしれない、でも嘘は吐きたくない。だから…お互いに親友だって想う日が来たら、話したい

いつか手塚と親友と呼びあえる日が来るかもしれない、そんな予兆は今日たくさん感じている。
それは美代と初めて会った時と似ていて、話すこと全てが楽しく、互いに気楽でいられる感覚が温かい。
この予兆が現実になれば英二の事を話す瞬間が訪れるだろう、そのとき正直な告白をして手塚の判断に委ねたい。
そんな覚悟を見つめて微笑んだ周太に、愛嬌の眼差しほころばせ手塚が笑いかけてくれた。

「俺がドキドキするタイプは、声と匂いが綺麗なひとなんだ。落着いて透明なカンジって好きでさ、冬のバラっぽいだろ?」
「ん、そういう人って素敵だよね?」

本当に素敵だと頷きながら想ってしまう。
自分が大好きな婚約者と幼馴染は、当にそんなタイプだろう?

…でもね、男の人は今は対象外なんだから…でも、女のひとで声と香が落着いて透明ってなんか…あ、

落着いて透明な雰囲気、声と香の綺麗な女性。
そんな女性をひとり知っている、冬薔薇のよう清雅で春薔薇みたいに優しいひと。
いつも想う憧れを見つめた心へと、優しいアルトの声が記憶から微笑んで周太は答えた。

「あのね、花の女神さまみたいな人に俺、どきどきするよ?…花屋さんのひとで、花を『この子』って呼ぶ人なんだ、」

雑踏の素っ気ない都心の駅、佇んだ一軒の優しい花屋。
あの灯のような花園に立ちたくて、どこか不思議な女主人に逢いたくて、時おり店を訪れる。
すらりと背の高い細身は香から優雅で、凛として優しい顔立ちの笑顔は綺麗で、いつも穏やかに温かい。
あの深いアルトの声が「あの子」と花を呼ぶ度に嬉しくなる、そんふうに嬉しいのは「タイプの女性」だからだろう?

…見ているだけで嬉しいんだ、あの店長さんのこと。異動になってからも花、買いに行きたいな

想い、微笑んで缶に口つける。その唇へとオレンジが甘く香った。



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