萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

如月十六日、喇叭水仙―regard

2021-02-17 08:56:00 | 創作短篇:日花物語
言葉にできなくて、
2月16日誕生花ラッパスイセン


如月十六日、喇叭水仙―regard

ファインダー越し、そんな感覚かもしれない。
届かないくせ逸らせなくて。

「やっぱり点いてる、」

あわい靄ゆれるベランダ、梢のむこう窓が灯る。
お隣さんまた徹夜したな?いつもの朝に微笑んだ。

「…ほんと熱中しちゃうよね?」

微笑んだ唇かすかに甘く香る、涼やかに高雅に甘い。
この匂いよく知っていて見下ろした庭、朝陽きらめいた。

「ほら?咲いてる、」

ひとり笑いかけて、庭ひとむら白く黄色く光る。
朝陽あわく花ゆらす、ほのかな風あまく涼んで匂う。
ほら?今年も春が咲いた。

「花は春が来るんだよね…」

ほら言葉こぼれて唇あまい、でも解っている。
この春もたぶんきっと言えない。

『うまい、ありがと、』

ほら一昨日の声が笑う、なんにも知らないから。
あの幼馴染は物知りで、なんにも知らない。

「…ばれんたいんとか分かってないんだろな、」

つぶやいて笑ってしまう、君らしくて。
こんなことすら分かっていない、それくらい熱中することがあるから。
だから作れば食べてくれる笑ってくれる、今年も、去年の春その前と同じまま。

「でもうれしい、ね?」

ひとりごと零れて、ほら笑っている自分の唇。
いつも毎年ずっと変わらない、それが嬉しくて、けれど鼓動そっと敲く。
どうして?

「また机で寝ちゃってるんだろね…風邪ひかないでよ?」

見つめる窓、明かり灯されたまま静謐ひそむ。
あの窓辺きっと書斎机つっぷして、本のページ開いたまま。
昨夜、なんのページ開いてある?

「じゃん・こくとー、るね・しゃーる?ロンサール、シェイクスピア、じょん・だん…」

名前つらねて見つめる窓、教えてくれた瞳まだ眠るのだろう。
なつかしい寝顔まだ幼い時間、きっと今すこし大人びている?
めぐらす面影につらねる名前たち、その一つに詞きらめいた。

『金色きらめく水仙たち現われて』

ほら君の声だ、記憶まで。
あの詩なぞってくれた花、時、その庭が今このとき咲いている。

「起きたら一緒に見てくれる?今年も、」

笑いかけた先、灯ひとつ静かな窓。
あの窓そろそろ開くだろうか、見つめる朝ひそやかに甘い香。
喇叭水仙:ラッパスイセン、花言葉「尊敬、注視、報われぬ恋」



When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.

そのとき僕の視界いっぱいに
黄金きらめく水仙たち現われて
湖の畔、木々のもと
かすかな風に揺れて踊る
【引用詩文:William Wordsworth「The Daffodils」抜粋自訳】


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