萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

如月十六日、蕗薹―genius

2023-02-17 00:07:00 | 創作短篇:日花物語
野に、君がため、
2月16日誕生花フキノトウ蕗の薹


如月十六日、蕗薹―genius

足もと光る、ほら夜が明ける。

見はるかす漆黒が青くなる、登山靴の足もと銀色またたく。
こんな頂まで来てしまった、厳冬の朝風つい笑った。

「なあ?俺たち星を見たかったダケよな、」
「うん、そうだよ?」

ほら君の声が笑う。
漆黒しずむ雪嶺は横顔が見えない、けれど瞳ふたつ明るむ。
きっと大きな目元ほころんで柔らかい、それが見えるほど同じ時を歩いたから。

「こういう星を見たいから、啓太も僕も大学に入ってここに来たよ。でしょ?」

低めのテノール朗らかに響く、暁闇の風はるか星たち奔る。
この星空もっと遠くて、隣の声もっと高かった。
けれど言ってること変わらない、同じだ?

「おう、あれから13年だな、」

応えて懐かしい、幼い夜と星の約束。
ただ星を見たかった、そのために受験も越えて、時を生きて今ここにいる。

「まだ13年だよ、これからが長いんだから。でしょ?」

ほら君が笑う、黎明ふきはらう声だ。
そうして昇りだす明けの明星、唯一の輝きに笑った。

「おう、ジイサンになっても天体観測しよう。ずっと、」
「もちろん、」

ならんだ足もと光る、ほら夜が明ける。
明けてゆく空に星が呑まれる、それでも消えるわけじゃない。
幾星霜ちりばめる天体あおぐ今、その足もとひとつ、芽生えの春。


蕗の薹:ふきのとう、花言葉「ひとつの真実、待望、仲間、愛嬌」

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