以前、3月末に、行きつけの歯医者に行ったことがある。(その歯医者は、自分の勤務校とは離れていた。) 待合室には、保護者であろうお母さん方が、3名いたのである。その3人の話はすごかった。
3月末ということで、もうすぐ新しい学級担任が決まる時期である。その3人のお母さん達は、学校の先生方の評価をしていたのである。もちろん、私が学校の教員であることは分からない。
初めのうちは、本を読んでいた自分だったが、普通の声で話している上に、内容が衝撃的だったので、ついつい聞き耳を立ててしまった。
私の耳は、アバンティーのミスターのように、大きくなったのは言うまでもない。
A母「△先生は、鈍い。子どもが話を聴いて無くても、手遊びしてても気付かんし、注意もしない。教室は散らかっちょるし、親がそれを言っても聞かない。」
B母「○先生は、優しいけど、子どもが言うことを聞かん。子どもがしたい放題。だから、学級が騒がしくなって、力が付かん。」
C母「×先生は、がっかり。授業が分からん。先生が何を言ってるか、何を教えたいのか親でも分からん。宿題は出さないし、宅習も出さない。勉強がちっともできるようにならん。」
というような、実に厳しいコメントが続いていた。本人が聞いたら、教員をやめたくなるのではないかと思った。学級担任にとって実に恐い話である。しかも実話である。
いろいろな厳しい話が続き、しばらく経って、「あの□先生はね・・・。」という声が聞こえた。ドキッとした。その□先生は、大学の同期だった人である。
C母「あの□先生はね・・・。最高だよ。厳しいけど、子どものことをよく見てるし、ほめるときはとてもうれしそうにほめてる。子どもも大好きって言ってるよ。厳しいけど、優しい先生だね。」
B母「そうそう、うちは姉が担任してもらったけど、今でもいい先生だったって言ってる。」
A母「何より、やる気が伝わってくるよね。次の担任は、□先生がいいなあ。」
ホッとした。□先生が子ども達からも保護者からも好かれていることが分かって、本当にうれしかった。しばらくして、□先生本人に会う機会があったので、話をすると、とても喜んでいた。
毎年、3月末や4月始め、いやそれ以外の時でも先生の話というのは、保護者間で頻繁に為されていることと思う。
「あの先生に受け持ってもらって良かった。」と言われるような教員でありたい。
3月末ということで、もうすぐ新しい学級担任が決まる時期である。その3人のお母さん達は、学校の先生方の評価をしていたのである。もちろん、私が学校の教員であることは分からない。
初めのうちは、本を読んでいた自分だったが、普通の声で話している上に、内容が衝撃的だったので、ついつい聞き耳を立ててしまった。
私の耳は、アバンティーのミスターのように、大きくなったのは言うまでもない。
A母「△先生は、鈍い。子どもが話を聴いて無くても、手遊びしてても気付かんし、注意もしない。教室は散らかっちょるし、親がそれを言っても聞かない。」
B母「○先生は、優しいけど、子どもが言うことを聞かん。子どもがしたい放題。だから、学級が騒がしくなって、力が付かん。」
C母「×先生は、がっかり。授業が分からん。先生が何を言ってるか、何を教えたいのか親でも分からん。宿題は出さないし、宅習も出さない。勉強がちっともできるようにならん。」
というような、実に厳しいコメントが続いていた。本人が聞いたら、教員をやめたくなるのではないかと思った。学級担任にとって実に恐い話である。しかも実話である。
いろいろな厳しい話が続き、しばらく経って、「あの□先生はね・・・。」という声が聞こえた。ドキッとした。その□先生は、大学の同期だった人である。
C母「あの□先生はね・・・。最高だよ。厳しいけど、子どものことをよく見てるし、ほめるときはとてもうれしそうにほめてる。子どもも大好きって言ってるよ。厳しいけど、優しい先生だね。」
B母「そうそう、うちは姉が担任してもらったけど、今でもいい先生だったって言ってる。」
A母「何より、やる気が伝わってくるよね。次の担任は、□先生がいいなあ。」
ホッとした。□先生が子ども達からも保護者からも好かれていることが分かって、本当にうれしかった。しばらくして、□先生本人に会う機会があったので、話をすると、とても喜んでいた。
毎年、3月末や4月始め、いやそれ以外の時でも先生の話というのは、保護者間で頻繁に為されていることと思う。
「あの先生に受け持ってもらって良かった。」と言われるような教員でありたい。