
(玄関門扉前のコリウス)
夜は虫の声が秋近しを思わせるが昼間は35度近い猛暑日が続き、暑さに弱い妻はぐったりきている。庭の樹木、花などもうっかり水やりを怠るとぐったりきている。水をやると生き返ったようにしゃきっとみずみずしい姿に戻ってくれる。声に出して要求しない植物にこそ人間は気配りをしてやらないといけないと反省させられる。

体験農園も今年2年目で春夏野菜はレタス、キューリ、インゲンなどまあまあの成果だったがトーモロコシ、トマト、なすなどはいまいち。農業大学の先生がいろいろ教えてくれるが子葉がでて本葉がつき、花が咲いて、実がつく。よい実(成果物)をなすには何が決め手か、花がさいて実になるというプロセスが今一つ理解できない。トマトは脇芽をせっせととらないといけないがナスは脇芽はとらないとか?
筑紫野図書館にいったついでに側にある生涯学習センターにいってみたら、放送大学の棚に植物学というのがあったのでひとつ基本から勉強してみようということでDVD学習を始めた。
生物学の放送大学講義はきわめて退屈だがよくもまあこんなへたくそな興味を喚起させない講義をテキストを読み上げるように平然とやるものだと思うがとにかくワンテーマ50分、全15章、とにかくすべて観てみよう思う。
いずれにしても46億年前に地球ができた時、炭配固定反応(CO2を固定)と光呼吸で酸素O2をだす植物の存在があらたな生命体をうみだす基盤をつくった。今なお地球上の樹林からはきだされる酸素で60億の人間とその他の生命体を維持させているのが植物だからその有り難さはあらためて人間は再認識すべきだなと思った。

庭にアメリカホテイというでかい赤い花が咲いた。花の径は20センチ近くありそうで布でつくった造花のような感じだが周りを圧倒する存在感。
いずれにしても何万という種類の植物が動物や人間と同じように受精をし、種の存続や異化作用をやっていることにあらためて生命の神秘を感じた次第である。