子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「冷たい熱帯魚」:この世界とあの世界を隔てる壁の薄さに震える

2011年04月24日 20時37分53秒 | 映画(新作レヴュー)
村上春樹の昨年の大ベストセラー「1Q84 BOOK3」は,突き詰めて言うと,片思い同士の男女二人が,20年近い時を隔てて遂に再び手をつなぐことは出来るのか?という,ある意味「君の名は」状態で読者を引っ張る技が冴え渡った「恋愛スリラー」だったと思うのだが,主人公以上にキャラクターが立っていたのが,ヒロインの青豆を追う牛河と,ヒーロー天吾の父親と思われるNHKの集金人だった。
既に意識がない状態で病院のベッドに横たわっているにも拘わらず,何故か「青豆」や「牛河」が潜むアパートを訪れ,容赦なくドアをノックし続け,執拗に料金を払えと恫喝し続ける男。園子温の新作「冷たい熱帯魚」で,でんでんが演じた連続殺人犯村田を観て想起したのは,その集金人の「仮借のなさ」そのものだった。

熱帯魚に対する投資者を募って殺して金を奪い,その死体を焼却するという一連の作業を「生業」とする村田とその妻(黒沢あすか)が住む,「日常と壁一枚隔てた場所に潜む異界」の造形力が圧倒的だ。蛍光灯に妖しく照らし出される水槽,相手の人格そのものを押し倒してしまうようなでんでんの滑舌の悪い台詞廻し,毒薬の入ったドリンク剤,廃屋と化した教会のマリア像,死体を切り刻む浴室の滑るタイル,ドラム缶で焼く前に骨にかける醤油。腐臭の漂ってくるような映像は,突き抜けた表現者だけが持ち得る強い握力で,観客を金縛りにする。

演技力というよりも,開き直った時の反発力の強さで選ばれたような6人の登場人物は,でんでんを筆頭に,笑いとセックスと残虐さが生命力のバロメーターであるかのような世界で,それぞれの痛みに耐えながら鮮血を流し続ける。娘が犯した万引きをきっかけに,実はずっと前から目の前に存在していた異境へと踏み込んでいく小心者の熱帯魚店主の社本を,上昇と降下を繰り返す体温を感じさせるような演技で演じきった吹越満は,TVサイズの物語には収まらない役者になったという印象を受けた。

だが,ただ一人生き残った社本の娘(梶原ひかり)が,父親に向かって「ようやく死にやがった」と呟くラストに向けて殺戮が連続する最終盤の展開は,それまでの物語が持っていた狂気に比べると,逆に収まりが良すぎてやや違和感が残った。
ノーマルな世界と異境の境界を跨いでしまった社本が,血に塗れ,決して落ちないであろう腐臭に苛まれながらも,歯車の狂ってしまった家族を背負って立つ姿こそ,村田組の3人の狂気に拮抗し得るものだったのではないかという感じだ。

とは言え,「R-18」指定をも追い風にするようなパワフルな作品を作り上げた園子温の,創作に賭ける前のめり度は,三池崇史をも凌ぐものがある。
休むことなく新作を生み出し続けるエネルギーも含めて,リスペクトしつつ,追いかけていきたい。
★★★★
(★★★★★が最高)


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