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映画「ロスト・キング 500年越しの運命」:孤独を軽やかに救いだす職人芸

2023年11月25日 10時27分25秒 | 映画(新作レヴュー)
世評の高かった「マイ・ビューティフル・ランドレット」が今ひとつピンとこなかったため,イギリスの新進気鋭の映画監督スティーヴン・フリアーズとの相性は良くないのかと思いながら期待しないで観た「プリック・アップ」の切れ味の鋭さは,今も鮮明に思い出せる。ゲイリー・オールドマンの出世作でもある同作が証明した,独善に落ちることなく心の闇を抉り出すフリアーズの手腕は,娯楽色を強めつつ実話を立体的に映画化する方向に舵を切った「クィーン」「マダム・フローレンス」など中期以降の作品でも色褪せることはない。リチャード三世の骨を発見した主婦の冒険譚を描いた「ロスト・キング 500年越しの運命」も,そのゆったりとした流れに乗った,齢80歳を越えた大ヴェテランの職人芸を堪能できる,見事な佳品だ。

シングルマザーとして働きながら二人の男の子を育てるフィリパ(サリー・ホーキンス)は,子供と一緒に観たシェークスピア劇「リチャード三世」に,自分と同じく世間から正当な評価を得られない人間の悲哀を見て取り,その生涯の研究に生き甲斐を見出す。歴史オタクの会にも入会して議論を重ねると共に,碩学の考えを聞くうちに,川に投げ込まれたことが定説とされていたリチャード三世の骨が,昔の教会の跡地に埋められていると確信を抱くようになり,その発掘を自らの宿命として数多のハードルを越えるべく突き進んでいく。

単なる好奇心から次第に歩幅を広げていくフィリパの行動を綴った物語は,描きようによっては「婦人公論」か「暮らしの手帖」の読者投稿欄がしっくりくるような手記になっていてもおかしくなかっただろう。そんな話をシンプルなエピソードを丁寧に積み重ねることで,1本の映画として成立させたフリアーズの手腕は,初期の作品で見せた鋭さとは異なる練達を感じさせて見事だ。
そんな職人の技巧が,フィリパの幻想として現れるリチャード三世との会話のプロットに代表されるように,時に過剰に陥りそうになる瞬間を避け得た最大の要因は何と言ってもサリー・ホーキンスの演技だ。「シェイプ・オブ・ウォーター」で証明された,当代随一の「忘れられた中年女性」役の演技は本作でも渋く輝き,明るい歓喜に包まれたエンディングを完璧に盛り上げる。
自らが作り上げたバイアスによって窒息していく専門家を,門外漢が蹴散らす爽快さに拍手を。
★★★★
(★★★★★が最高)


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