子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

2023年夏シーズン新作映画レヴューNO.1:「君たちはどう生きるか」「CLOSEクロース」など

2023年09月09日 21時38分39秒 | 映画(新作レヴュー)
「世界が引き裂かれる時」マリナ・エル・ゴルバチ
「ドンバス」を観た時にも感じたが,2014年のマレーシア航空撃墜事件を背景に描かれた,ウクライナが置かれた過酷な状況について,何と無知だったことかと頭を殴られるような衝撃を受けた。
民族間の衝突が生む悲劇と,戦争という極限状況において人間が社会的な生き物としてクリアすべき最低条件を放棄してしまう姿を,しかしゴルバチ監督はカメラの「フレーム」という保冷剤を利用して,クールに静かに切り取ってみせる。2022年2月のロシアの軍事侵攻を予見させるセンセーショナルなエントロピーを内包しながらも,人間の生命が存在するという事象を純粋に寿いで見せたラストシーンには,酷暑をも一瞬にして氷点下に変えてしまうような緊張感があった。銃火の下,あの奇跡の子供が生き抜く姿を描いた作品が,やがて彼の国に生まれることを祈りたい。
★★★☆
(★★★★★が最高)

「君たちはどう生きるか」宮崎駿
この夏一番のヒット作になる可能性は大だが,興行収入の100億円突破は難しい状況,という記事がネットに流れていた。待望のジブリ作品という興行的な期待値から見ると残念な結果かも知れないが,ある意味宮崎駿のフィルモグラフィーの中でも,特殊なプライヴェート・フィルムと位置付けるのが相応しい作品としては極上の成績だろう。
作品自体の評価以前に,とにかくタイトルと中身の乖離に戸惑った。吉野源三郎の児童向け哲学本が原作という情報がバイアスとして作用していたのがまずかったのか,母を捜す旅に出る,というよりもほぼ「巻き込まれ型異世界ロードムービー」という内容に,こちらの気持ちが切り替わるまではどうにも落ち着かず,絢爛豪華な絵巻物に目が回りそうだった。どうにか視点が定まってからも,次々と現れる強くて柔らかくて牽引力に富んだヒロインたちに,監督自身がオマージュを捧げている気配がどうにも高尚過ぎて「千と千尋の神隠し」の時のような高揚感を感じることはできなかったというのが本音だ。
ただ監督の最後の作品が「風立ちぬ」ではなく,自由にイマジネーションを羽ばたかせて,結果観客に目眩をおこさせる厄介な代物となったことは,素直に喜びたい。貧弱な創造力と咀嚼力では太刀打ちできない作品の誕生を祝う見栄だけはある観客のひとりとしてブラボー!
★★★
(★★★★★が最高)

「CLOSE クロース」ルーカス・ドン
「Girl/ガール」の文字通りの「痛み」が,今度は「心の痛み」となって戻ってきた。同様に思春期のセクシュアリティーの問題を扱ったウイリアム・ワイラーの「噂の二人」とプロットはよく似ているが,本作では起こってしまった悲劇の真相を知る人間が主人公(エデン・ダンブリン)ひとりであり,主人公の友人である息子が死を選んだ真相を知りたいと願う母(エミリー・ドゥケンヌ,好演)との間に生まれる葛藤を,ほぼ瞳の動きのみで演じたダンブリンの繊細な演技が,誰もが抱える青春の悔悟を甦らせて見事だ。二人の少年が走る移動ショットの鮮烈さがいつまでも心に残る。作風はまったく異なるが,ドゥケンヌが繋いだ絆によって,ルーカス・ドンはダルデンヌ兄弟の後を継ぐ存在となったように見える。実に美しいバトンのリレーだ。
★★★★
(★★★★★が最高)

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