風・感じるままに

身の回りの出来事と生いたちを綴っています。

生い立ちの景色⑮ “馬の骨”

2009-09-15 | 生い立ちの景色
1954年9月。8歳の秋。

今年は大きな台風も来なくて一年ぶりに稲穂が実ってきた。田の仕事に出かけるおっ父やおっ母の顔も明るく、おれもうれしい。

堤防の嵩上げ工事現場で働いているチヅコ姉ちゃんの結婚のことが家の一大事になってきた。おっ父は「相手が悪い」といって反対しているみたいだ。

相手は九州大分県出身で、○○組という土建屋でトラックの運転手をしているという。仕事でときどきチヅ姉ちゃんの働く現場に顔を見せていたそうで、どうも姉ちゃんに惚れ込んだみたいだ。

ある日、男が背広を着て一人で家にやってきた。もちろん姉ちゃんを“嫁にください”というためにだ。おれは奥の方にいたが、おっ父が男の正面に座りいろいろと話しをしていた。横に座っていたおっ母は黙っいて、チヅ姉ちゃんはずーと下を向いたままだった。

話が終わった。おっ父も男も怖い顔をして挨拶しているところをみると、どうも話しがうまくいかなかったようだ。
帰る男を家の表まで見送ったおっ母とチヅ姉ちゃんが家に戻るなり、おっ父は、「家もない、どこの馬の骨ともわからんような男に、簡単に嫁にやれるか!」といった。おっ母は、「そんないい方しなくても…」といった。チヅ姉ちゃんは両手で顔を覆いながら家の裏手に走っていった。

おれはまだ男と女のことや結婚のことはよくわからない。ただ、泣いているチヅ姉ちゃんのことがかわいそうでならなかった。