1957年12月。11歳の冬。
イサム兄ちゃんが、隣のおっちゃんの口利きで3年前から大企業の湯浅電池で臨時工として働いていた。
ところが、このところの不景気で、会社が首切りをするらしい。「年末に首切りがあるかも。おれら臨時工やからまっ先にやられる」といっている。おっ父もおっ母も心配しているようだ。
25日の給料日、きょう首切りの名前の発表があるという朝、兄ちゃんは元気なく家を出ていった。
夕方、家族みんなが心配して待っているところにイサム兄ちゃんが帰ってきた。寒い中、自転車で急いで帰ってきたのか、ハアハアといっている。「オレ、名前呼ばれんかったわ」と大きな声で。
おっ母もおっ父も、「よかったのー」とえらく喜んだ。オレもほっとした。というのは、イサム兄ちゃんが、「今度、給料をもろうたらグローブ買ったるからな」といっていたからだ。もし、首を切られていたら、グローブどころやなかったからだ。
兄ちゃんが「ホイ、コレ!」と紙の袋に入ったグローブをオレに渡した。早速、まっさらなグローブを左手にはめてみた。ずしりと重たかった。家にあった軟球を右手に持ち、2、3回ぽんぽんとグローブに投げ込んだ。やっぱり本物や、ぜんぜん痛くない。
「兄ちゃん、おおきにー!」というたら、「首切られんかったからなあ」といってにやりと笑った。横からおっ母が、「大事にしなあかんで!」といった。
その晩、布団に入ってからもかなか寝付かれずにグローブを手にはめて右手のげん骨をボール代わりにぽんぽんとやっていた。
次の朝、まだ外は暗いのに目が覚めた。そーと枕元のグローブをとって布団の中で手にはめてみた。そしてもう一度、「兄ちゃん、おおきにー」とつぶやいた。
首がつながって安心したのか、横で寝ているイサム兄ちゃんはグーグーといびきをかいていた。
イサム兄ちゃんが、隣のおっちゃんの口利きで3年前から大企業の湯浅電池で臨時工として働いていた。
ところが、このところの不景気で、会社が首切りをするらしい。「年末に首切りがあるかも。おれら臨時工やからまっ先にやられる」といっている。おっ父もおっ母も心配しているようだ。
25日の給料日、きょう首切りの名前の発表があるという朝、兄ちゃんは元気なく家を出ていった。
夕方、家族みんなが心配して待っているところにイサム兄ちゃんが帰ってきた。寒い中、自転車で急いで帰ってきたのか、ハアハアといっている。「オレ、名前呼ばれんかったわ」と大きな声で。
おっ母もおっ父も、「よかったのー」とえらく喜んだ。オレもほっとした。というのは、イサム兄ちゃんが、「今度、給料をもろうたらグローブ買ったるからな」といっていたからだ。もし、首を切られていたら、グローブどころやなかったからだ。
兄ちゃんが「ホイ、コレ!」と紙の袋に入ったグローブをオレに渡した。早速、まっさらなグローブを左手にはめてみた。ずしりと重たかった。家にあった軟球を右手に持ち、2、3回ぽんぽんとグローブに投げ込んだ。やっぱり本物や、ぜんぜん痛くない。
「兄ちゃん、おおきにー!」というたら、「首切られんかったからなあ」といってにやりと笑った。横からおっ母が、「大事にしなあかんで!」といった。
その晩、布団に入ってからもかなか寝付かれずにグローブを手にはめて右手のげん骨をボール代わりにぽんぽんとやっていた。
次の朝、まだ外は暗いのに目が覚めた。そーと枕元のグローブをとって布団の中で手にはめてみた。そしてもう一度、「兄ちゃん、おおきにー」とつぶやいた。
首がつながって安心したのか、横で寝ているイサム兄ちゃんはグーグーといびきをかいていた。